犬の介護計画を立てる

犬がまた倒れた。いろいろドタバタだったのだが、苦労話を書いても仕方がないので「第三者が果たすべき役割」についてまとめておきたい。犬の介護を経験する人は多くないとは思うのだが、いろいろな危機管理に役に立つかもしれない。大切なのは次の4つだ。意外と障害対応とかプロジェクトマネジメントに似ている。

  • 問題を特定する。
  • クリティカルパスを特定する。
  • スキルを特定する。
  • 現象を観察する。

最初に犬が倒れると心理的にペットに近い人はパニックを起こす。後になって聞いても何の病気だか「聞いたけどよくわからなかった」という。獣医は説明しているはずなのだが頭に入ってこないのだろう。脳の病気だとか神経がどうとか繰り返すばかりで、脳卒中みたいなものかもなどという。だから、まず大切なのは、間に入って病気について再度説明してもらうことだった。そこで聞き返して初めて、相手(獣医師)も説明が足りなかったことに気づいたらしい。図表を出して内耳の近くにある脳の部分(前庭)が障害を起こしているのだと説明してくれた。相手はプロなので詳しく聞けばそれなりにわかりやすく教えてくれるのである。耳の神経部から入って炎症が起きるのだが、障害するのは脳の一部である。

問題が特定できれば後で調べ物ができる。おいおい述べるように情報が即座に役に立つわけではないが知識を仕入れることは重要だ。さらに、どの程度治る病気なのか、どういう経過をたどるのかということがわかる。脳の病気なので完全にはよくならないらしく、これはこれで落胆してしまうのだが(正直、もう前みたいに元気にならないという現実を突きつけられるのはかなりショックだ)が、やはり情報収集は大切である。

病気の急性期には症状が刻々と変化する。大きな声で暴れるので「痛いのではないか」と思ってしまう。しかし何もできないわけだから、一睡もせずに付きそうみたいなことが対応策になってしまう。そこで「とりあえず目標を決める」ことが重要だと思った。とはいえ当事者は慌てているし、獣医は「患者がどこまでわかっているか」ということがわからないので、意外と情報は伝達されない。そこで「とりあえず、当座のことを決めよう」と宣言してみた。すると獣医は「とりあえず、落ち着くかどうかみてみましょう」という。ここからようやく話が進み出した。最初のクリティカルパスが決まったのだ。

こうしたキーになるイベントを集めたものをクリティカルパスと呼ぶ。正確なプロジェクト管理用語には細かい定義があるのだと思うが、大体の意味は伝わるのではないかと思う。まず落ち着くかどうかを見る。落ち着くと水を与えられるようになる。これを栄養剤などに切り替えて、最終的に流動食まで持って行くと、薬を飲ませることができるようになる。すると症状が落ち着くわけである。一つ点が決まると、次の目標が決められる。こうして流動的ながらシナリオを決めることができる。重要なのは、シナリオが「不確定要素」を含んでいるので、意思決定のための判断ポイントを作るのが重要という点だろう。チェンジマネジメントなどだとここに「現場の反乱」などが入ったりするようだ。つまり「不確定要素」と「リスク要因」について考える必要がある。ということで、今回の介護計画はリスクマネジメントがあまり必要ないので楽といえば楽だ。が「暴れたら連絡してくれ」と言われた。つまり対応を間違えて状況が激変することが唯一のリスクということになる。

開腹が望めない病気なのでパスなんか決めても疲れるだけのように思えるのだが、実際にはこれがとても重要である。なぜならば、パスが決まるとスキルが特定できるからだ。スキルには「動けない犬に水や食料を与える技術」とか「薬を与える技術」などが含まれる。さらに、何に驚いて鳴いているのかということがわかるので、環境を整えることができる。獣医師の話だと触覚刺激に極めて敏感になっている(目も耳も遠くなっていて、なおかつバランスが取れないという状態にあり、暗闇に閉じ込められている感じになっているということである)ようだ。ということで安静にできて障害物がない環境を準備する必要があったのだ。

事前にパラパラと情報を集めておいたのだが、この時点では体系化されていない。そこで「水を飲ませるためにはどうしたらいいのか」を聞いてみた。スプーンで与えるとか脱脂綿に含ませるなどのアイディアが介護する側から出たのだが、正解は注射器の針のないもの(シリンジというらしい)を使って水を飲ませることらしい。どうやら獣医師も質問されるまで、この道具について教えればいいということを失念していたらしい。だから、言われたことを覚えるだけでなく、質問することが極めて大切なのだなと思った。「わからない」というのは立派な情報なのだ。

犬が暴れるので入院させていたのだが、実は水を欲しがって吠えていたらしい。これがわかったのは犬を観察したからである。舌をぴちゃぴちゃするので水を与えるとかなり激しい勢いで飲んだ。事前にシリンジをもらっていたので水を飲ませることができた。

本を読んだり先生に何かを教えてもらうと今度は知識で頭がいっぱいになってしまうのだが、やはり目の前にある現実をモニターするのは大切なようである。水を与えないでしばらく見ていると鳴き出すので「水が欲しいのに飲めない」が「動こうとしても動けない」という状態になっていたようである。そこでもがいているうちに頭が隙間に入って、最終的にパニックを起こしていたのだろうという仮説が立てられる。状況を整えたら暴れなくなったので仮説はある程度確かめられたようだ。

原因がわかると対処できるので心理的には少しだけ楽になる。こうやって少しずつ知識を蓄えて行くことが重要なのだろう。

第三者的な目で見ると「自分が冷たい人になってしまったのではないか」と感じられてしまい、実はあまり愉快な経験ではなかった。当事者意識が薄いのではと思われそうだし、真剣になっている当事者から見ると「しゃしゃり出ている」と思われる危険性もある。

がやはり当事者だけになってしまうと「伝えたつもり」とか「わかっているつもり」になりがちなのようだ。獣医師(伝え手)は延々としゃべり、介護する側(受け手)それを聴きながすという構図である。で、様子を見ながら情報を整理する人が必要なのだなと思った。家族や近所で第三者的な目が確保できればよいのだが、社会が介入しなければならないケースもあるのだろうなと思う。また介護のような現場ではなくても、プログラミングの障害調査や社内調査などでも第三者が介入することでコミュニケーションが円滑になることがあり得るのではないかと思った。

犬はようやく落ち着いて眠っている。よほど喉が乾いていたのだろう。

 

 

 

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