他人の話を聞けない人たちと聞かない人たちが主役の政治議論

面白い経験をした。だが、考えるうちに「自分はバカの共犯者になっているかもしれないなあ」と思い、ちょっと怖くなった。きっかけになったのは敵基地攻撃で自民検討チーム 山口公明代表「慎重に議論」という記事だった。日本政府は理論上、能力の保有は憲法上許されているが、現実的な保有は政策判断としてしないという一貫した態度を取ってきた」と指摘したという発言をこのブロクで書いたのでそれを別のSNSにも紹介しておこうと思ったのである。意味がわからないというかあまりにも苦しい言い訳なので外から見ると面白いのだ。

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オワコンになった安倍政権を見限って次を模索する時事通信と反省しない政治家

時事通信が面白い記事を二つ書いている。一つは甘利氏の発言をとりあげたものでもう一つは安倍政権について書いたものである。日本のマスコミの権力に対する立ち位置がわかる。今もっとも期待されている人たちに寄り添って終わったものを見捨ててしまうのだ。民主党政権に切り替わるときにも見られた手法である。我々は反省しない。ただ水のように流れてゆくだけである。

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日本の敬語体系の背景にある社会的構造と新しい敬語としての「尊大語」

尊大語という敬語体系ができているんだろうなと考えた。考えたのだが誰にも賛成してもらえそうにないので自分のブログにだけ書いておこうと思う。この文章で実際に言いたいのは日本社会のある構造の崩壊である。成果主義・自己責任社会になった日本では部分的に「謙遜ゲーム」が成り立たなくなっている。

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日本の自己責任社会が完膚なきまでに破壊してしまったあるもの

ジョージ・フロイドさんが白人警官に殺害されて二週間近くが経った。この話について語る日本人を見ていて「日本人はあるものを完全に破壊してしまったんだな」と思った。おそらく、そのあるものを最初に置けば「ああそうだな」と思う人もいるかもしれない。だが、それなしで文章を書いていってもそれが何か言えない人はかなり多いのではないかと思う。それくらい完全になくなってしまっている「あるもの」が今回のテーマだ。

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