NHKの人体が最終回を迎えた。これまでメッセージ物質という人体内のコミュニケーションプロセスについて扱っていたのだが、今回はガン細胞もメッセージ物質を使って人体をコントロールするというような話を紹介していた。自己増殖が目的化して暴走したのがガン細胞であり、そのために最終的には体を滅ぼしてしまう。この番組を見ながら安倍政権はガン細胞みたいだと思った。
誰かをガン細胞扱いすると単にレッテル貼りだと非難される可能性が高い。だが、やはりこれは重要な視点である。つまり、安倍政権をガン細胞だと考えるとそれを抑制する免疫機能は何だったのかという疑問に突き当るからである。持続可能な社会というのは免疫機能に当たる何かが備えられているはずで、それを突破したのが安倍政権ということになる。実際に重要なのはレッテル貼りではなく、何が免疫機能なのかを知ることなのだろう。
昨日の答弁を見た限りでは自民党は変わりそうにない。「この改竄事件は官僚が勝手にやったことであり、安倍首相も麻生大臣も関わっていない」という筋で乗り切るつもりのようだ。前回官僚機構を恫喝して悪評が立ったので、温和そうな武見議員を前面に押し出して対処していた。その上で国民の目を北朝鮮に向けさせて「こんなことをしているような余裕はない」というシナリオになっていた。トランプ大統領を抑えられるのは安倍首相しかいないという「物語」は事態を悪化させるとは思うが、武見議員は与えられた仕事をうまくやったと思う。ただ、山本一太議員はなぜか安倍首相を持ち上げて「ああ、やっぱりこの人たちは変われないんだろうな」という印象を強く打ち出していた。ただこれは山本さんの味なので、これについてとやかく言うつもりはない。
自民党のこの態度はいつものことなので、特に絶望は覚えなかった。絶望したのは太田理財局長の答弁だ。太田さんは安倍政権の作ったシナリオを「正解」として覚え始めていた。この方は財務省次官候補のエースなのだそうだが「正解がないと何もできない」という病のようなマインドセットを抱えているようだ。こういう人が財務省ではエースと呼ばれるのだなと考えると暗い気持ちになる。つまり、これは官僚組織が現状にあった正解を探索できないということを意味しているからだ。
話をよく聞いていると反省してるという態度は見せつつ何も回答していなかった。最終的に福山哲郎議員に押し切られ「私は答えられない」と追い詰められていた。これには二つの理由がある。そもそも正解に破綻があるので正解を答えてもだれも納得しない。さらに、佐川さんがまだ証人喚問に応じていないので参考書がまだ埋まっていない。佐川さんが答えた時点でそこが埋まるので、そのあとはそれを前提に無理のあるシナリオを答弁することになるだろう。
太田さんの答弁から、日本にはそもそも普通に考える「事実」という概念は存在しないということがよくわかる。普通「事実」というのはありのままに起こったことを指すのだから、個人の見解や心象を聞けばそれが事実になるはずだ。つまり、お話を作って暗記する必要はない。財務省の中だけでも様々な見解があり、お互いにうまくコミュニケーションが取れていなかったようだから、その事実はお互いに矛盾したものになるだろう。だがこれは日本では「個人の見解」や思い込みということになり事実とはみなされない。事実というのは後から作られた「解釈」の事なのである。与党と野党の解釈は異なっているのだから「本当に何が起こったのか」が解明されることはないはずである。
普通の日本の組織には明確な目的があり、ストーリーメーキングが暴走することはない。組織の利得が最大になるようにあるプロセスに従って事実を組み上げるからである。ところが、政治家は外から自己の正当化のためにこの非公式ルートを使おうとした。これが暴走の原因になっている。この事実が気に入らない人がいるから途中経過を持ったまま亡くなる人が出たわけだし、リークも出ている。だがそもそも「ありのままの事実」という概念がないので、新しい事実が明るみに出るたびに事実を変化させてゆく。こうして組織がどこに向かっているのかがわからなくなる。つまり異物が取り付いて外から記憶を操作しているのが安倍政権なのである。ガン細胞という言い方はショックかもしれないが、実際に起こっていることを見ると外からの病変が意思決定と現状認識に影響を与えているのは間違いがない。
世間では「だれが悪いのか」ということが問題担っているようだが、実際には安倍政権の自己保身と官僚組織の問題二つ(正解を暗記し、組織として正解を作る)が組み合って問題が起きている。
だが、この意思決定の仕組みはかなり曖昧に作られている。少なくとも財務省は近代的な民主主義が受け入れられなかったようだ。電子決済システムは権限を明確にした上で仕様を決めてプログラミングをしてゆく。仕様を作るためには「権限」が規定されている必要がある。しかし、財務省は電子決済システムをうまく運用できていなかったようで、電子決済システムで作った資料を印刷して利用していたということがわかっている。この印刷されたもう一つの決済文書は、法律でプログラムされていない「根回し」に使ったのではないかと思われる。
安倍首相は電子決済を徹底して組織を立て直すと言っているのだが、これは非公式のルートをなくすということを意味している。だが、そもそも政治家の関与があるから非公式ルートがあると考えると、安倍政権には(もしくは野党にも)組織の立て直しはできない。
しかし、こうした非公式な意思決定ルートはそれなりの経緯で構築されており、普段はうまく動いている。安倍政権がここに取り付かない限り暴走が表面化することはなかっただろう。
安倍首相は昨日今井総理補佐官の名前が出た時い落ち着きをなくし、なんども答弁を確認していた。財務省官房は「官邸の関与がなかった」とは断言しなかった。今はまだ追求されていないがこの辺りにも物語があるのだろう。物語は官邸の関与を隠すために作られているようなので、総理の関与は明白である。だが、この関与は少なくともプロセス上の法律違反にはならないように「設計」されていたのだろう。こうした設計ができるのは公式ルートの他に記録に残らない非公式ルートがあるからである。つまり、官僚が持っていた仕組みをうまく利用しているのだ。
前回はデタラメな英語を例にあげて「そもそもコミュニケーションをするつもりがないのにデタラメな文章を綴っている」と安倍政権を分析した。だが、この分析は間違っていたようだ。自己増殖と自派閥の強化が自己目的化しているとはいえ、その暴走は通常のコミュニケーションルートを使って行われるからだ。
さて、普段こうした暴走が未然に防がれるのはなぜなのだろうか。それは常識のある人たちが組織の内部で抑えていたからだろう。亡くなった職員は「信じていたものが裏切られた」と語っているようなのだがこうした一人ひとりの良心が免疫の役割を果たしているはずである。だから免疫を保全する上でのホイッスルブローイング(内部告発)は非常に重要なのだ。
また、Twitterでめちゃくちゃなことを言われても「いやそんなデタラメはないですよね」といなすのも免疫の一部と言えるし、素直な良心からくるデモ行為も健全であれば免疫機能を果たしていると言える。
ただ、この免疫機能がいつもうまく働くとは限らない。この辺りはもう少し丁寧に考える必要があるのだが、免疫不全を起こす例をあげてみよう。
- 私一人が何かを言っても組織や社会は動かないから何を言っても無駄という無力感。
- 自分はおかしいと思うが組織の論理というのはこういうものなのだろうという納得。
- とにかく安倍政権はおかしいというストーリーに固執して違った可能性を受け入れないし、感情的に詰り続ける頑なな態度。
- 普通の個人が政治に関心を持つはずなどないのだからあの人たちはだれからお金をもらっているのだろうという懐疑心。
個人の「これはおかしいのではないか」という社会常識は意外に健全だと思う。これがうまく働かないと、結果として組織防衛が自己目的化して暴走することになる。私たちは何が社会をかろうじて暴走から守っているのかということをもっと考える必要がある。