オスプレイを巡る倒錯した議論の根源を探る

熊本と大分の地震の対策としてオスプレイを使ったことが非難されている。オスプレイは何故だか左翼の攻撃の対象になっているのだ。もともとはアメリカのいうままに兵器を買わされることを苦々しく思っていた人が多かったのだろう。つまり、左翼的動機というよりはナショナリスティックな動機だ。日本では愛国派が従米で左翼が反米というようなねじれがあるので、当初から議論はややこしくなっている。

左翼がオスプレイに反対する理由を探しているうちに「オスプレイは危ない」という側面が強調されるようになった。もちろん、改良はされているわけだから、安全性はそのうちに担保されるようになるだろう。岩波がこのようなことをつぶやいて「ミリオタ」と呼ばれるクラスターに攻撃を受けている。ミリオタの攻撃はツイートのコメント欄で見ることができる。

興味深いことに、なぜオスプレイを買ってはいけなかったということもミリオタさんたちの議論から分かる。一つはオスプレイが既に旧型に属するらしいということだ。どうやら、もっと効率のよいタイプが開発されているらしい。次の理由はオスプレイが大きすぎると言うことである。イスラエルは「高すぎて買えなかった」らしい。

オスプレイは確かに熊本に物資を運んだが、あまり小回りが利かなかったらしい。そもそも、物資移送にはあまり活躍せずに早々に帰ってしまった。あまり使い勝手はよくなさそうである。よく「いい宣伝になった」という人がいるが、あまり役に立たなかったというのが正解だろう。

要するにオスプレイはフォードの大型車(まあ、シボレーでもいいけど)みたいなものなのだ。割高でバカでかい。フォードの大型車(しかも型落ち)を高値でつかまされたということになる。多分、開発したのに売り先がないと責任を取らされるのだろう。そこで、日本政府に売りつけたということになる。つまり、日本政府がいうところの「アメリカ」は、アメリカ全体ではなく、アメリカのトップでもないということになる。

そもそも、日本はなぜアメリカから割高な兵器を買うことができるのだろうか。それは戦争が差し迫っている脅威ではないからだ。もし、戦争が差し迫った脅威なら、支出できる税金は限られているわけだから費用対効果を気にするはずだ。つまり「国際情勢の変化で戦争の脅威が云々」というのは全くの嘘なのだ。

どうしてこのような議論になってしまったのは不明だが、オスプレイは2つの要点を押さえておくことだけが必要なのではないかと思った。なぜ、今のような議論になってしまったのか、よく分からない。

  • 日本政府はお買い物が下手で、タチの悪いディーラーとつきあっているらしい。
  • でかいアメ車を買ってしまったために「子供たちの送り迎えにも使えるよ」などと言い訳して家族のひんしゅくを買った。

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