「貧乏人は栄養について考えろよ」という厚生労働省のお達しについて

厚生労働省が「貧困層ほど栄養バランスが悪いから、栄養に関する知識を身につけましょう」と発言し、炎上した。ぎりぎりの食費でやりくりをしている層は、そもそも栄養バランスのよい食事ができないというのだ。日本人の食事環境はかなり追い込まれているようだが、現在の食の貧困化はまだマシなレベルにある。この先、さらなる砂漠化が進む可能性もある。

現在、スーパーの大型化が進んでいる。拠点を集約することで経費を削減しようという動きだ。大型スーパーには生鮮食料品も豊富に揃っているが、こうしたスーパーに行くには車が必要だ。

車を持たないお年寄り、単身世帯、母子家庭などは、大型スーパーマーケットには行けないので、近所にあるスーパーマーケットに通う。しかし、こうした地域拠点のスーパーマーケットは少ない人数で回せるように「ハードディスカウンター」に置き換わりつつある。従業員を細小限にして経費を削減するハードディスカウンターには生鮮食料品があまり売られていない。代わりに扱われているのは、管理が簡単な加工食品だ。つまり、貧乏で余裕のない人ほど、こうした加工食品に頼ることになる。こうしたハードディスカウンターが増えれば、食品会社は儲けを重視して加工食品をより多く取り扱うようになるだろう。

生鮮食料品は流通に手がかかる贅沢品になりつつあるのだ。

しかし、ハードディスカウンターで自炊する人はまだ恵まれているかもしれない。料理や食事という概念を持っているからである。

自炊する余裕すらない働く母親は、子供に菓子パンやインスタントラーメンを与えて育てるかもしれない。こうした食料は作る手間がかからず買い置きもできる。もしくは数百円を与えて「何か好きなものを買え」というだろう。もしかしたら、ポテトチップスを買ってきて夕食代わりにする子供もいるかもしれない。

すると子供には「食卓には野菜や肉があるべき」だという観念が身に付かない。そもそも食事とおやつの区別も付かないかもしれない。食事とおやつの概念がない人が、炭水化物とタンパク質などといった栄養素について学ぶ事はないだろう。「栄養の知識を身につけろ」というが「栄養」がどういうものだか分からなくなる可能性もあるのだ。

これが世代間で連鎖すれば「料理」や「食事」を最初から知らない世代が出てくる。こうした家庭環境にいる子供がインスタグラムに食事の光景でもアップしてくれれば表面化するかもしれないが、そのようなことは起こらない。菓子パン一つで子供を放置するのは、ある人たちから見れば虐待だが、別の人には日常になるのだ。テレビを見ながらポテトチップスを食べる子供は「夕食」という概念すら持たないだろう。

普通に食事をしている日本人にとっては想像が難しい食の貧困問題だが、アメリカの事例を見ると印象が変わるかもしれない。アメリカには冷凍ポテトを解凍し、お湯で溶いたマカロニチーズを皿に盛るのが料理だと思っている人たちが大勢いる。

そんなアメリカで、ミシェル・オバマの給食プログラム改革が大失敗した。ミシェル・オバマはジャンクフードに依存する習慣を改善しようと学校給食にヘルシーな食材を使おうとした。しかし、このプログラムは不評だった。薄味で量も少なかったからだ。学校給食を拒否する子供が続出し、一部の州ではボイコット運動にまで発展したそうだ。却って廃棄される食品が増えたという。

ファストフード(化学調味料で味付けされたハンバーガーや砂糖で一杯のコーラなど)に慣れた子供たちには薄味の食事は不評だったのだろう。ミシェル・オバマは学校にあった不健康な食事や飲料も追放したために、学校の自動販売機の売上げも激減した。

栄養のある生鮮食料品を食べさせようというプログラムだったが、ファストフードや冷凍食品に慣れきった業者はこうした食品を提供できなかった。その為に、単に量が減っただけの食事を出すところも多かったようだ。また、学校給食に囲い込んだ食品業界の反発もあったという。食品業界は、トマト・ペーストを塗ったピザを「野菜だ」と議会に認めさせたこともあったという。手間がかかる生鮮食料品よりも加工食品の方が食品業界の儲けが多いのだ。

発想は良かったが、実行力が伴わなかったせいで「オバマが学校給食を貧困化させて、教育行政に手を突っ込んでいるのだろう」というような陰謀論をささやく人すらいる。

日本の食育や給食制度はよくできている。そして、食の砂漠化を防ぐ防波堤のような役割を果たしているのだ。日本人の食事への関心が給食制度を支えているのだが、なくしてからやっとありがたみに気がつくのかもしれない。

その意味でも、単に「栄養に関する知識を身につけましょう」という厚生労働省のアドバイスはあまりにも軽すぎた。

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