NHKがひどいニュースを伝えていた。印象として思ったのはNHKスタッフが抱えているだろう無力感だ。
ニュースは安倍首相の力強いリーダーシップを讃える内容である。面子にこだわる経団連は繁忙期の労働時間100時間を基準にするという表現にこだわっていた。一方、連合は100時間未満にするという表現を主張した。そこで力強い領導様である我らが安倍首相が調停なさり連合の主張を支持なさったというのだ。
実はこの話いくつもの食い違いがある。連合が勝ったということになっているのだが、連合の代表は「100時間が目安になるのは困る」と言っているだけで実際は押し切られている。本来は労働者がすり減ってしまわないもっと短い時間を主張すべきだったのだが、それをやらずに(あるいはできずに)経営者と政府に押し切られてしまったのである。つまり連合は交渉に負けてしまったのである。これで民進党は100時間には反対できないので、高橋まつりさんを例に挙げて政府の無策を追求することもできなくなる。つまり民進党も負けた。
経営者は勝った側なのだが相撲と同じようにガッツポーズはしない。神妙な顔で「持ち帰ります」と言った。彼らは交渉には勝ったのだが「労働者を使い倒す以外に有効な経営手法を知らない」と言っているだけなので、経営者としては負けているというか終わっている。これは栄光ある大日本帝国陸軍が兵站は維持できないので兵士は飢えて死ぬだけだが戦線は維持できていると言っているのと同じことなのである。
さらにNHKも嘘をついている。ロイターは次のように伝えている。
[東京 13日 ロイター] – 政府が導入を検討する残業時間の上限規制を巡る経団連と連合の交渉が100時間を基準とすることで決着したことについて、安倍晋三首相は13日、「画期的」と評価した。
また安倍首相は「100時間を基準としつつ、なるべく100時間未満とするようお願いした」ことを明らかにした。
実は安倍首相は100時間を基準にと経団連を支持しており「なるべく〜お願いした」だけで決めすらなしなかった。時事通信はもっとめちゃくちゃなことになっている。首相の裁定を強調しつつ、結果は「玉虫色」と認めている。つまり政権が事実上過労死ラインを許容しているのだ。
つまり、この交渉は安倍首相のいうように「画期的」なものではない。誰も勝った人がいないだけでなく、伝えた人まで負け組になるというひどい内容だった。
しかし、NHKは「俺たちは報道機関だ」という気持ちが残っていたのだろう。過労死した家族の声を複数伝えて「到底納得できない」と言う声を伝えている。NHKはエリートなので今の地位を失うわけに行かず、したがって偉大な領導様のよき宣伝機関でいなければならない。そこで、過労死の犠牲者を表に出しておずおずと抵抗して見せたのだろう。
このようにこのニュースは受け手のリテラシーによってどのようにも取れるようになっている。つまり、騙されたい人は安倍首相の力強いリーダーシップを信じられるいうになっているし、そうでない人はそれなりの見方ができる。さらに複数ソースに当たれる人はそもそもこれが事実を調理したフェイクニュースだということがわかるのだ。フェイクと言うのが屈辱にあたるとすれば元の料理を子供の口にもあうように仕上げたインスタント食品と言って良いかもしれない。
NHKは主な受け手が子供ニュースすら理解に苦しむリテラシーしか持っていないことを知っていながら「隠れたメッセージ」を受け取ってくれることを祈っているように思える。