礒崎陽輔先生がマイナンバーとマイナンバーカードの違いについて書いているのだが、壊滅的にわかりにくい。原文はここにあるが記事ごとのURLがないらしく引用もできない。こういうウェブサイトを運営している人に「安心だ」と言われても信頼できないというのが率直なところだ。
こうしたわかりにくさが生まれるのは、論理積が欠如しているからなのだが、能力の問題というよりは、意欲の問題ではないかと考えられる。
批判すらできないので以下要約してみた。
マイナンバーカードは積極的に利用してほしい。政府が番号を厳重に管理するように推奨したのでカードの携帯を控える人が多いが、マイナンバーカードはマイナンバーとは別物で積極的に持ち歩いても安心なように設計されている。
マイナンバーには何重ものセキュリティ対策がなされている。最悪マイナンバーが流出したとしても官庁から個人情報が漏れることはない。企業はマイナンバーを厳重に管理するように政府から要請されている。さらに、マイナンバーカードによって企業に伝わる情報は基本4情報(氏名、住所、性別及び生年月日)だけであり、マイナンバーそのものが伝わることはない。表面には基本4情報が書かれており、裏面にはマイナンバーが記載されている。身分証としてコピーされるのは表面にある基本4情報だけなのだ。
マイナンバーは年金事務や税務など官庁間の連携に使われるが、利用者がそれを意識することはない。官公庁でもやり取りされるのは基本4情報が中心になる。
マイナンバーカードは公的な身分証明証として使える他、将来は健康保険証としても利用可能になる。さらに、マイナンバーカードに会員証データを持たせることによって、企業に基本4情報を引き渡すのにも利用される予定である。繰り返しになるが、民間企業はマイナンバーをキーとした名簿の収集は禁止されているし、会員証にしたところで民間企業のコンピューターにマイナンバーが渡ることはないので安心してほしい。
マイナンバーは政府で利用するものであり厳重な管理が求められるが、マイナンバーカードは民間への幅広い利用が想定されている。便利な機能が増える楽しみなカードであり、交付手数料は不要なので、積極的に求めていただきたい。
さて、ここからは懸念事項を書いて行きたい。磯崎先生の文章が壊滅的にわかりにくいのは幾つかの理由があるからだ。疑念を3つ挙げたい。
懸念1 – 技術的にできることと禁止していることの境目が曖昧
第一の疑念は「技術的にできること」と「禁止されているからやってはいけないこと」がまぜこぜになっている点である。「禁止されている」ということは「できる」ということだからセキュリティホールだ。役所から漏れるのではないかという疑念は残るが、それを言い出すと先に進めないので役所は完璧に番号を管理するという前提で進めたい。
ICカードには番号が記録されているはずなのだから、基本情報だけしか抜き取れませんと言われても、それができないのかできるけどやってはいけないのかがわからない。もしコピーできないとすれば「暗号化」などの具体的な方策があるはずなのだが、その情報が公開されていないのでは批判のしようがない。情報の非公開は安心なように思えるのだが、ハッキングの危険性が第三者の検証なしに放置されているということを意味する。素人が考えても、目の前でコピーしてもらわない限り、裏面の番号を収集できてしまうということはなんとなくわかる。不安が解消できないばかりか、却って犯罪を誘発するかもしれない。
懸念2 – 今できることと将来やりたいことの境目が曖昧
次の問題点は、今できることの利便性と将来礒崎先生がやりたいことがまぜこぜに書かれているという点だ。いまできることはそれほど多くないが、金融機関からカードを求められることがある(マイナンバーには政府が国民の財産を把握するという目的があるので礒崎先生は書きたくなかったのかもしれないのだが)ようで、必要に迫られて作らざるをえない人がいるはずである。また、カードを持っていると住民票をコンビニで発行できるようになる。待ち時間が大幅に減るだろう。
一方、会員証や健康保険証は計画であり、反対も多いことからどうなるかはわからない。原文は「用途をどんどん拡大していく考え」と言っているのだが「決まってから言ってくれ」と思うわけだ。結局、いま何が便利なのかがよくわからない。
懸念3 – 個人情報の認識が壊滅的に甘い
磯崎先生は基本4情報を「大したことがない」情報だとみなしているようだが、これも立派な個人情報であり、漏洩するといろいろな問題を引き起こすだろう。電話番号やメールアドレスなどはSNSなどから持ってくることができるので基本情報とマッチングができてしまうのだ。
しかし、そもそもの問題は「何がプライバシーか」という点にはないようだ。どんな個人情報が漏れるとどういうリスクがあるのかということを国民も含めてあまり理解していないというのが問題なのだ。そこに漠然と「個人情報は保護しないと危ないらしい」という情報が加わることで不安が増してしまう。リスクを理解するということは、それをコントロールする術を考えるということと同じなのだ。これを棚上げしたのが「安全神話」である。マイナンバーカード安全神話になってしまっているが、どんなに厳しく設計してもリスクが0になるはずはないのである。
一方で、一般人が学べる点も多い。ぜひ気をつけたいと思った。
学び1 – メリットとデメリットを明確に
先に安全神話について考えた。マイナンバーまたはマイナンバーカードが流出するどういうリスクがあるのかということが全く書かれていないという問題だ。漏洩にはどんな危険性があり、漏れたときにはどのような回復策があるのかということが書いてあれば「リスク管理」ができる。これがなく「大丈夫だ」と言われてしまうと、それって「原発と同じ安全神話ですよね」と思ってしまうのである。実際に情報が漏れた時の救済策や自衛手段がわかれば、安心感は高まるだろう。悪い情報を出すことも誠意なのだということが最初の学びだ。
学び2 – ポジションの確定と箇条書きの重要さ
礒崎先生はマイナンバーカードは怪しそうだという周囲の評判を気にしてか、カードを持つメリットを書いたり、予防線を張ったりと忙しく文章が移ろっている。これはあまり得策とは言えない。信じているならポジションを明確にした上で、メリットとリスクをわかりやすく箇条書きにすべきだ。リスク管理にも自信があるのだろうから、読み手の評判を過度に気にせず自信を持って書くべきだろう。
だが、いきなりパソコンに向かって文章を書く機会は意外と多い。散漫な考えをまとめるために文章を書くということもあり得るのだが、人にものを伝える場合には箇条書きにしたほうがよいのだなあと思った。
学び3 – 現場を取材しよう
さて、マイナンバーカードが普及しないのはなぜなのだろうか。実はマイナンバーカードにセキュリティ上の懸念があると考えている人はそれほど多くないのではないかと思う。それは実際に使っている人に聞いてみないとわからないことだ。
実際に市役所では、パスワードがわからなくなって役所でパーテーションのある一角に連れて行かれる人や、金融機関にマイナンバーカードをもとめられてはじめて「マイナンバーって何なのか」と問い合わせてくるケースなどを見かけた。
あれだけニュースになっているのだからみんな知っているだろうと思ってはいけないのだ。情報が溢れているので、広報しても伝わらない。これは多くのマーケターが苦労している点だろう。加えて「横着だから勉強しない」というわけでもなさそうだ。何がなんだかわからなくなっている可能性がある。
よくNHKが政府のプロパガンダだという批判を耳にする。しかし、現在のニュースは難しすぎる。情報の海に溺れている人たちに政府の情報を伝えるためには、池上彰さんを呼び戻すか、ストレートな広報番組を作るしかない。これを受信料で支えることは不可能なので、政府がスポンサーする番組を作るしかないのではないかと思う。現在は通常の情報番組に潜り込ませるようにして広報しているわけだが、これでは伝わらないのだ。
いずれにせよ、現場を取材していればこのような文章にはならなかったのではないかと考えられる。本当に普及させたいなら、リサーチをしたほうがよかったし、リサーチできなくても(視察ではなく)現場の窓口に半日立ってみて状況を把握するべきだろう。