今回は安倍政権やトランプ政権が嘘をついているのに支持がなくならないのはどうしてなのかという話である。
「孤独と共感」を読んでいる。これまで勝つための議論について読み、次に自己愛と攻撃性について読んだ。次は嘘についてである。今回は嘘つきの方が正直な人より信頼される可能性があるという結論なのだが、科学論文は一読しただけではよくわからない。そのため書きながら整理している。
まずは、American Sociological Review 2018年2月号に掲載されたという実験の話が出てくる。424人を被験者としたオンライン調査である。架空の大学の自治会の選挙の話を紹介して反応を聞いている。
最終的な質問は「現職に対抗する自治経験が全くない新人を支持しますか?」である。
まず、二つの異なるストーリーを与える。前者では新人は正直だが、後者では新人は嘘つきである。したがって普通に考えると新人は信頼されないであろう。
- 新人が現職が提示したデータが「査読付き学術誌に掲載されていない」と指摘した。
- 新人が査読付き学術誌に掲載されているのに掲載されていないと嘘をついた。新人は研究チームのメンバーに性差別的な発言をしていたこともわかった。
次に、これらの2群にそれぞれ違う評価を与えた。全部で4グループになる。
- 現職には正当性に疑問がある。
- 現職は立派な人間である。
さらに無作為に二つの異なる条件を与えた。全部で8通りの組み合わせができる。
- あなたは現職と特性が近い。
- あなたは新人と特性が近い。
現職に問題があり新人候補と性格が近いとされた人は、新人が正直である時よりも嘘つきで女性蔑視であるとした時のほうが支持率が高かったそうだ。つまり「自分を守ってくれる嘘は良い嘘であり、嘘をつかない人よりも頼れる」と考える傾向があったということだ。ただこの調査はインターネット調査でありこれをそのまま信頼していいのかがわからない。
次に、ペンシルバニア大学の政治学者Diana Mutzが「自分の過去の研究と合致する」と指摘したということが書かれている。ムッツの研究チームはトランプ大統領の地球温暖化がデタラメだという主張が虚偽であると示し、402名の被験者を調べた。
トランプ大統領支持者はこれをエリートへの挑戦と捉えたそうだ。つまり、トランプ大統領支持者はこれが嘘であると示されてもなおトランプ大統領を支持したことになる。トランプ大統領を信頼したのか多少の嘘は構わないと思ったのかはわからない。最初の実験と合わせて考えると「トランプ大統領は良い嘘つきであり自分たちの役に立つ」と考えていたことになるが、独立した実験なので関連付けて良いかはわからない。
前回「人が勝つための議論に耽溺することがある」という研究を紹介した。ここから勝つためには手段を選ばなくなるだろうなというくらいのことはわかる。相手が信頼できなくなると「こちら側も防衛のために嘘をついてもいいのだ」と考えるようになるということである。
人々は協力するためにも議論するのだが、協力関係が成り立たないとなると相が変わるのだろう。人々は勝つため相手の話を聞かなくなるばかりか嘘をついても構わないと思うようになるのである。ただ、協力すればより良い成果が得られるが嘘と競争からは何も生まれない。つまり、コミュニティが崩壊しかけているからこそ議論が競争的になり、さらにそれがコミュニティを崩壊させるということになる。まさに割窓的な社会である。
実際にトランプ大統領には岩盤支持層と呼ばれる人たちいる。アメリカのメディアはトランプ大統領の嘘を暴き続けているのだがそれを自分たちへの攻撃と受け止めているのかもしれない。つまりトランプ大統領は自分たちを守るために良い嘘をついていると受け止めて、それ以外の声に耳を傾けなくなってしまうのである。ただ、そこにはエリートが自分たちを搾取しているという被害者意識がある。
Twitterで野党は安倍政権の嘘を攻撃し続けている。野党は実はこれも無意味かもしれないということにそろそろ気がついた方がいい。安倍政権は嘘をついたり情報を隠蔽しているからこそ支持されているかもしれない。これが成り立つのはつまり有権者たちが「野党は自分たちを傷つけて貶めようとしている」と考えているからなのである。野党が信頼されていないことがそもそもの原因なのだ。
今回は協力と競争というテーマで3つのお話をご紹介した。複雑で理不尽そうに見えるネット言論なのだが実は割と簡単で合理的なルールの組み合わせで成り立っているのかもしれない。