金曜日頃から、小池百合子東京都知事が私がAIだと言ったという書き込みが増えた。意味がわからなかったのでタイポだと思っていたのだが、どうも数が多すぎる。どうやら本当にそう言ったようだ。小池さんはこれで終わったなと思った。支持している人たちはこうした違和感を見逃したくなるだろうが、こうした問題は責任が重くなればなるほど大きくなるものだ。
多分、小池さんは国政に進出する前に失速するだろう。しかしそれは豊洲に行くのがけしからんというような類の話ではない。小池さんは多分メディア戦略に失敗するだろうという話である。
小池東京都知事は、豊洲移転の決断に至った経緯は回顧録には残せるが今は情報は公開できないと言っている。その決断の理由を知りたがる記者に対して「私はAI」だと言ったのだという。正確には「最後の決めはどうかというと、人工知能です。人工知能というのは、つまり政策決定者である私が決めたということでございます」だと言ったのだそうだ。全く説明になっていないが、あまりにも唐突な回答だったことから、記者もそれ以上は聞けなかったのだろう。
このAIがどこから来ているのはなんとなく想像ができる。最近NHKがAIに関する番組をやったばかりである。なんとなく目新しく科学的な感じのする番組だったが、因果関係をまるで無視して相関関係だけで話を無理やりにでっち上げてしまった。この程度のものをAIと言ってしまっただけでも罪は重いのだが、AIというのはブラックボックスであって、人間には良し悪しが判断できないのだという間違った知識を植え付けてしまったことも大きな問題がある。
小池都知事はこのAIはブラックボックスという概念が気に入ったのだろう。自分はコンピュータのように頭が切れるのであって、常人とは思考が違っているという優等意識が見える。同時にこの人が外来語で話すのは何かをごまかすためだということがわかる。「アウフヘーベン」も「ワイズスペンディング」も意味がわからない。
小池都知事は目新しい情報をふわふわとしたままで理解していることがわかるのだが、テレビではよく取られる手法で、小池都知事が極めてテレビ的な政治家だということがわかる。テレビ局の人たちも真面目に課題に取り組むということはありえない。彼らが気にするのは、それがどのくらい「キャッチーか」ということである。
こうした手法は例えば夏のサラリーマンに涼しい格好をさせるというのには向いている。問題になっているのは「他人の目」なので、夏にネクタイをしないのがかっこいいということにしてしまえば、おおむねみんなを満足させることができるからだ。だが、利害が交錯する現場では通用しない。人の一生がかかっているからである。
早速、築地市場の人たちの中に「5年後に約束が履行されるかどうかはわからないから絶対に立ち退かない」という人たちが現れた。小池さんが信頼できるかどうかはわからないのだから、既得権を守るために動かないというのは当然のことである。口約束があったとしてもそれが守られる保証はないからだ。
こうした状況は「囚人のジレンマ」として知られる。協力して得られる利得が高いことがわかっていたとしても、他人が信頼できない、あるいは情報が少ないと自分一人で得られる利得を得ようとするので、社会全体として得られるはずだった利得が失われてしまう。
もしかしたら、小池都知事が「アウフヘーベン」した方が利得が大きいのかもしれないが、私がAIだなどということを言ってごまかす人を信じられるはずもなく、結果的に豊洲もうまく立ち上がらず、オリンピックの駐車場もできず、築地の改修も進まないという状況に陥ってしまう可能性が高い。こういう人が国政に出て間違って首相などになってしまえば国政は大混乱に陥るだろう。
小池都知事が有能な政治家でいられたのはこれまでの政治がテレビ的だったからである。テレビの持続力は数日しかないので、そのあとに情報を変えても誰も反対しなかった。逆にいえば、政治は別に何もしなくても、ただ盛り上げていれば良かったのだ。
例えば、テレビの健康番組では毎日のように新しい健康番組が出てくる。それぞれの番組の言っていることには矛盾もあるのだが、数日から数ヶ月で忘れられてしまうため、誰も気にしない。テレビ業界にいる人たちは、職業的健忘症になる訓練を受けているからこそ、次から次へと新しいコンテンツを売り続けることができる。もし一貫性などということを考え始めたら、こうした番組は一切作れなくなる。
こうしたことができなくなっている背景は大きく分けて二つのものがあると思われる。一つは政治が問題を解決しなければならなくなっているということだ。詳しく言えば、利害の調整を行う必要が出てきている。テレビ型の政治では利害調整ができないのだ。
もう一つはメディア特性の変化である。インターネット時代に入ってメディアは二つの能力を手に入れた。一つは分散型の情報処理だ。多くの立場の違った人たちが情報を評価してアウトプットする。ゆえに過去の矛盾についての検討もスムーズになった。
実は、豊洲・築地の問題はもう追いかけていないのだが、様々な情報がTwitterから流れてくるおかげで「ああ、この人はやっぱり偽物だったんだなあ」ということが簡単にわかってしまう。
もう一つの能力はアーカイブ機能である。過去記事を含む複数メディアの情報を比較検討することができる。このため、小池都知事がもともと築地も残しますよとか情報公開はきちんとやりますよと言っていたのに、ある日突然「私がAIなので」と言い出したことが確認できてしまうのだ。
日本ファーストが国政政党になれない理由は支持者が見つからないことだと分析した。小池さんの人気だけが支えになっている。当の小池さんは民進党が割れるのを待っているという分析がある。前原さんが代表している「保守」の人たちが流れ込めばその分だけ政党助成金がもらえるという計算があるのだという。
小池新党には支持者とお金がない。だが、日本社会が分断してしまっているので、支持者を集めようと思うとお金が集まらず、お金を集めようとすれば支持者が離れて行くという状態になっている。このことは今後の日本の政治を見る上で重要な要因となるのではないかと思う。