つい先日Twitterで面白い投稿を見た。池上彰の番組に使われた日米の格差を比較したグラフの目盛りが違っているというのである。これはグラフをごまかす際に使われる手法であり、池上が印象操作をしている証拠だというのだ。
だが、池上彰はメディアリテラシに関する著作もあるので、ネットの人たちよりはグラフの目盛りについては詳しいはずである。
そもそも、なぜネットの人たちは池上彰に腹を立てたのだろうか。
番組を見ていないのでなんともいえないのだが、池上彰の訴えたかったことは、日本でもアメリカでも格差が広がっていることなのだろう。当然、テレビを見ている人たちは下位90%にあたるので、上位の人たちが富を独占するというのは許されるものではないという番組作りになるはずだ。
しかし、ネットの人たちが反応したのはそこではなかった。日本の経済的地位が落ちているという点に反応したようだ。そこで、アメリカに比べれば日本人の経済的地位はそれほど落ちていないという結論にしたかったのだろう。
さらにグラフが「民主党政権時代で切れている」という指摘も見た。日本の経済的地位が落ちているのは安倍政権の失策のせいだというのは民進党がよく使うロジックなのだが、リーマンショックの落ち込みがあまりにも激しかったので、その後若干回復した。円安政策も(少なくとも短期的には)よい方向に働いたものと思われる。そこで多くの人たちは「これで日本も大丈夫だ」と感じたわけだ。
しかし、日本が経済的に凋落しつつあるのは間違いがない。それは自民党と民進党の政策とは全く関係がなく、極めて構造的な問題である。これを民進党の問題にすり替えることで「自分たちは間違っておらず、このまま何もしなくていいのだ」という自己肯定感を得ている人は多い。
面白いことはいくつもある。最初のもんだは課題と感情の分離という問題だ。これができない人は意外と多いのだなあとは思うのだが、経済的指標を見ていちいち自分の能力のせいだなどと考えていてはないも読み込めなくなってしまう。これが平気でできるのは、課題と自分の境遇を切り離して考えているからなのだが、実際にはそれができない人が大勢いるのだ。
アメリカ人の所得はそれほど下がってはいない。しかし、それでも大きな動揺が広がりつつある。これがトランプ政権誕生の一因になったことは間違いがない。しかし日本は2割も下がっているのに、政権を非信任するという動きにはならなかった。代わりに選んだのは「日本は大丈夫」という幻想に浸ることだ。日本人の現状維持バイアスの強さがわかる。
さらに日本人が自己肯定感を持ちにくくなっている様子もわかる。「日本は劣等国だ」という本が出るたびにベストセラーになっていた時代がある。「小さな島国だ」などと言っていたのだが、今から思うと基底には自己肯定感があり、本気で劣等国だとは思っていなったのだろう。
なぜ自己肯定感がなくなってしまったのかというのは大きな疑問だが、「日本人」という意識の他に帰属意識を持てなくなっているのだろうということが予測される。かつての日本人はほぼ正社員として雇用されているか、農家や商業を自営していた。これが帰属意識になっており「日本人である」というアイデンティティには頼っていなかったのだろう。
例外的に日本人意識を持つのは海外に出た時だ。しかし、他者との比較があり、それほどかけ離れた自己認識を持つことはなかった。
現在、日本人という帰属意識を持っているのは知的に劣位にあるか感情的に劣位にあるような人たちだ。彼らにまとまった渡航経験があるとも思えないので、その帰属意識は仮想的なものであり、なおかつ自意識は内側に向かっているのだろう。そこで「反日」という仮想的な構造を作って攻撃していることになる。
池上彰はこうした仮想的な空間で「反日認定」されてしまったのだろう。池上さんがなぜ日本に対して破壊工作をしなければならないのかということになるのだが、あいつは反日だといって騒いでいる間はそんなことを考えなくて済む。これが知的に劣位でコミュニケーション能力に劣る人たちの癒しになっているのだろう。