左翼の人たちはよく、日本人はNHKに洗脳されているなどという。確かに政府には広報戦略みたいなものがあってNHKはその戦略を実行するための道具になっているのは間違いがなさそうだ。かつて民主党に政権を取られた時にマスコミが大きな影響を果たしたので、その反省があるのだろう。だから、NHKをジャーナリズムとは思わない方がよいというところまでは確かだ。ジャーナリズムは幅広い視点からものを見るために役立つのだから、NHKを見たら他の報道(できれば海外のものまで含めて)で検証する必要がある。
だが、本当に日本人はNHKに洗脳されるほど素直で従順なのかなというとそれにも疑問がある。最近、そのことがわかるのではないかという事例があった。
最近、ヨーロッパと経済交渉が続いているのはご存知だろうか。チーズなどの関税を撤廃するのと引き換えに、自動車関税の撤廃を勝ち取るというものだ。だが、どうも報道が不自然だ。ヨーロッパがチーズの関税撤廃を執拗に迫っていて、それをやり遂げないと自動車関税が撤廃できないというようなお話になっている。安倍首相の外遊に合わせてことさら報道されるようになった。政府にPR企画部のようなものがあって、その筋で情報をコントロールしているものと思われる。
最後に流したい絵は安倍首相の熱意の結果交渉がまとまり、日本の自動車輸出がさらに盛んになるだろうと語る場面だろう。これは安倍首相が「力強い首相」であるという<印象操作>だ。
確かに、チーズの関税が撤廃されると日本の酪農は打撃を受けそうな気がする。だが、実情は少し違っているようだ。生乳の自給率は高いのだが(新鮮なものをすぐに飲みたいという需要があるのだろう)チーズやバターといった加工品はどちらかというと需給の調整という役割が強いように思える。チーズの自給率は20%を割り込んでいるそうだ。つまり、チーズを明け渡したからといって、それほどの影響を受けるようには思えない。関税を撤廃すれば安いチーズが食べられるようになるわけで、多くの消費者から反対が出るわけでもなさそうだ。
だが、これを「やすやすと明け渡した」ように見せてしまうと「自動車関税を政府が勝ち取った」という演出ができない。最初から路線が決まっていたのだが、岸田外相が大枠で合意したことにして、安倍首相とEUの間で最終的な「成果」として発表できるようにしているように思えるのだ。
さて、左翼の人たちの理論によると、政治的に無関心でNHKに洗脳されているので、こうしたニュースを見て「安倍様の政治的交渉力はさすがだなあ」などと思うに違いない。確かにそうした懸念はあり、支持率が上昇してしまうかもしれない。
だが、日本人はそもそもこうしたニュースに深い関心を払っていないかもしれない。のちに値段が安くなるまでは「あ、関税が下がったんだ」と思わない可能性もある。よく考えてみるとオーストラリアビーフがなんで安いのかということもよく知らないわけだから、首相の名前をことさらに出さないと、国民はまったくありがたがってくれない可能性があるのだ。
それに加えて「自動車関税の撤廃を勝ち取った」というニュースがないと、北朝鮮が弾道ミサイルを開発したのに、日米韓は責任を押し付け合っているというようなネタしかない。すると国内政局に関心が向いてしまうので、政府としても何かネタを探すのに必死だった可能性はある。
日本人は昔から政局報道には興味があるが、政策にはそれほど関心を持っていないように思える。今でも、麻生派閥が安倍派閥を追い落とそうとしているとか自民党小池百合子派が安倍派閥を対峙してくれるのか、それとも寝返ってしまうのかなどという政局報道に夢中になっている。政治部の人たちも政策の意味を伝えるより、インサイダーとして政局の解説をするのが好きなようだ。
NHKは広報活動を通じて国民を<洗脳>しようとしているというのは多分間違いがないのだが、それが国民に届いているかと言われればそれも疑問なのだ。来週以降の政権支持率に注目したい。