CytoscapeとRでTwitterネットワークを概観する(技術篇)

Twitter APIでデータを集める。APIは JavaScriptや PHPからアクセスすることができる。最新版のRであれば直接アクセスすることも可能だ。今回は安保法制賛成派(右翼)と反対派(左翼)でそれぞれ4人を選びネットワークを作った。

TwitterデータからSIFファイルを作る。SIFファイルはusername1 follow username2のような形式をしている。

Cytoscapeに読み込ませて、並べ替え(Spring Embedなどを使う)て概要を掴む。データが大きくなると並べ替えに時間がかかるので、手作業で1名からフォローしているだけ、されているだけの人を取り除いた。

CytoscapeからGMLファイルを書き出す。

Rで読み込む。予めライブラリigraphを読み込んでおく。library(igraph) と read.graph(,format=”gml”)

コミュニティを調べるために下調べする。edge.betweenness.communityなどを使うが、いくつかの違った分類法を使うことができるが、方法によって精度や計算時間などに違いがあるらしい。

コミュニティを分割する。コミュニティの数が集約するまでNの数を増やして行く。詳しい事は分からないが、影響のないエッジを消していっているいるらしい。community.to.membership(g,data$merge,step=N)

データセットを作成する。data.frame(membership=d$membership,label=V(g)$label,betweenness=betweenness(g),closeness=closeness(g))

データセットを書き出す。write.table(df,file=”data.txt”)

エクセルなどに取り込んで betweennessで並べ直す。数値が大きければ中心にあることが分かる。

属性テーブルに編集し直すと(ID名 = メンバーシップ)Cytoscapeに取り込むことができる。ファイルの先頭に1行加えておくこと。それが属性名になる。

新しいビジュアルスタイルを加える。 Node Shapeを選び、Discrete Mappingを選ぶと属性ごとに色分けができる。Betweennessやclosenessを属性を利用して中心に近い円ほど大きく表示する事もできる。

手作業で並べたもの。大体正しくグループ分けされていることが分かる。ただし、異なるグループが共有されているアカウントはランダムにグループ分けされているらしい。黄色とオレンジが安保法案反対派(左翼)で、残りが安保法制賛成派(右翼)に属する。右翼は結びつきが薄いのでそれぞれ別グループを形成している。

colornetwork1

機械的(Spring Embed)に並べ替えたもの。

colornetwork3

Twitter上の左翼層と政権奪取構想

安保法制議論も一段落したので、Twitter上の右翼と左翼のつながり具合について調べてみた。前回の候補者の選び方を見直して、起点(0)が相互フォローしている安保法案に賛成の意見表明をしている人(右翼)と安保法案に反対の意見表明をしている人(左翼)を選んだ。その人たちがフォローしている人(1)を選んだ。1がフォローしている人を2として4までを辿った。選ぶ際に名前(反対派は「原発反対」とか「安倍を落とせ」などのフレーズを名前に入れている)を参考にしたので、ランダムというわけではない。

twitter_network2

前回と同じく左翼には強い関心の共有が見られた。大抵、反原発・反戦争法案などが見られる。時折、反TPPなどというフレーズもあった。いわゆる「左翼3点セット」だ。一方、右翼にはそれほど高い関心の共有は見られない。1組だけ関心を共有している人たちがいた。2と3の間には複数の共有アカウントがあり、反韓国・中国という話題を共有していた。中には反民主党というアカウントもあったが、彼らから見れば民主党は外国人(帰化はしているが)ばかりの「売国政党」だからだろう。左翼は特定の運動を通じて結びついているが、右翼の結びつきはそれほど強くない。

右翼は共有している政治家のアカウントも少なかった。唯一見られたのは安倍晋三と橋下徹という二大「強い政治家」だ。その他、片山さつきの名前もあった。左翼層は民主党(蓮舫、細野豪志)と社民党(福島瑞穂)などがフォローされている。今回選ばれなかったアカウントの中には「生活の党支持」を掲げているものもあるので、山本太郎などを支持している人もいるのではないかと思われる。

右翼層は、反韓国・反中国などで結びついている。いわば「ヘイト派」である。この人たちが明治憲法への回帰などの復古的な政策にどの程度同調しているのかはよく分からない。と、同時に左翼層の人たちも原発や戦争といった「汚い」ものを忌避しているのだが、それがどの程度共産主義(あるいは社会主義)への支持につながっているのかはよく分からないのである。左翼層は他人に対しての共感力が高いというわけでもないらしい。シリア難民保護や募金などと言った発想は見られなかった。

左翼層にとっての一番のチャレンジは考えを外に広げて行く事だろう。狭い共同体であることが予想され(検証は必要だろうが)るので、コミュニティとしての広がりはないのではないかと思われるからだ。「あの政治家は嫌いだ」と呟いているだけでは、議員を落選させることはできない。

左翼層は「原発・戦争・TPP」などの反対している。つまり、意識はなくとも「反米路線」と言える。政権を担当した党はどれも、自衛隊を認め、原発を容認するなど政権獲得後に親米・追米に路線転換している。すなわち、共産党が提案する「国民連合政府」がそのまま支持を集めることができるかは、はなはだ疑問である。また、こうした層がどの程度幅広く存在するかはまだ未知数だ。

顕在化した層は「好き」ではなく「嫌い」で結びついている。かつての無党派層が「官僚への敵意」で投票行動を起したのを思い起こさせる。しかし、脱官僚を唱い自民党をぶっつぶすといった小泉政権は官僚を潰さなかった。官僚から利権を取戻すといった民主党政権は後に官僚派に転じ消費税を増税した。中国に厳しく対峙してくれそうな安倍政権が誕生しても中国は依然として世界第二位の経済大国だ。安保法案はアメリカに便宜供与をしているだけなので、特に中国を潰す行動にはなっていない。

政党が「ヘイト」を利用するのは構わない。しかしヘイトには瞬発力はあっても持続性はない。振り向いてもらうきっかけにはなるが、これを積極的な応援運動への参加へ転換してゆかなければならない。積極的な応援運動とは簡単な動作でできる「勝利可能」な行動だ。成功体験を積み重ねてゆけば、やがて大きな目標へ到達することができるだろう。

その為にはまず、行動の受け皿になる政治的な集まりを作り、小さな行動から大きな行動へとつながる行為設計を行わなければならない。離反者が出る事も考えれば、1年未満という時間は決して長くはないことが分かる。

右翼と左翼 – ネットワーク的研究

今回の安全保障関連の議論は「国民を二分した」と言われる。Twitter上では安倍首相を応援する側(仮に右翼とする)と反対する側(仮に左翼とする)に大きく割れた。そこで、ネットワーク上で右翼と左翼になんらかの違いがあるのかどうかを調べてみることにした。まず 10名のアカウントを集めた。ツイートの内容によって、右翼、左翼、そしてポジションなしに分けた。ポジションなしとは特に安保法案に関心のない人たちだ。

TwitterAPIを通じて彼らのフォロワーとフレンドリストを採取する。1度に取れる情報は200件まで(つまり全てではない)だ。それをSIFフォーマットに落とし、Cytoscapeというネットワークビジュアル化ソフトに落とし込んだ。10名の関係先だけで3,000ほどある。これでは扱いにくいので一方的にフォローしているかフォローされている先を削った。これで関係先を500ほどに減らす事ができた。これを主に手作業でまとめると下記の絵を得る事ができた。

twitter_network

当然のように「ポジションなし」同士には細かな連携はない。これは興味の対象があまり一致していないことを示している。しかしながら、全く興味分野が一致しないということはあり得ない。芸能人やニュースサイトなどが重複しているからだ。不思議なことに「右翼」同士にも緊密な連携はなかった。1つだけ目立った連携が見られたのは右翼に属する人とポジションなしに属する人の間に見られたアップル関係の重複だ。たまたま、二人の趣味が一致してたのかもしれない。この2人は相互フォロー関係にある。

ところが左翼サイドは状況が一変する。4人の間には共通の情報ソースが複数ある。試しにいくつか覗いてみたところ同じような内容(脱原発、反安保法案)が書き込まれていた。お互いが納得できる内容を共有し合っているものと思われる。良い言い方をすれば「左翼サイドの連帯は強い」と言える。悪い言い方をすれば彼らの世界は「閉鎖的で狭い」可能性があるだろう。こうした空間から情報を取っていると「全ての人が安保法案に反対している」と考えるようになっても不思議ではない。

よく考えてみれば、有名な人(例えば政治家や学者)を例外にして、右翼と左翼の一般人が罵り合う(もしくは議論する)という図式は見られない。右翼同士はフォローしあっているにも関わらず、共通の情報源を持っていない。つまり、お互いに議論をしあっている形跡も見られない。これは当然の話かもしれない。右翼は中国や韓国への蔑視つまり「ヘイト」で結びついているだけで、特に何らかの運動を共有しているわけではないからだ。

ここから得られる仮説は単純だ。いわゆる左翼と呼ばれる人たちを動員するのは簡単だろう。彼らの運動に同調すればよいからだ。同じ情報源を共有しているので考え方は同質だと考えられる。一方、右翼と呼ばれる人たちは既に自民党(ないしは次世代の党)などが中国や韓国と対峙してくれるものだと信じているので、特に働きかけをしなくても自民党を支持してくれるだろう。右翼層は民主党や社民党は売国奴の外国人に操られていると信じているのだが、最初からターゲットではないので気にする必要はない。

ここで問題になるのは、こうした人たちが全体でどれくらいいるのかが分からないという点だろう。いわゆるネトウヨと呼ばれる層は、実はそれほど大きくないことが分かっている。今回安保法案に反対した人たちも声は大きく、ネット上では固まって見えるが、どれくらいの人数がいるのか、実はよく分からない。多数派を占めると思われるポジションなし(あるいは無関心)層がどのようなメッセージに反応するかは分からない。全く政治に興味がない可能性もあるし、意思を表明していないだけということもあり得る。

安保法案についての議論が白熱する期間にはシリア難民の問題が起きた。左翼を人権に敏感なリベラルな層だと仮定すると、左翼層からシリア難民に対する同情や「日本も移民を受け入れるべきだ」という議論が起こっても不思議ではない。しかし、そうした議論は全く聞かれなかった。人権に対して進歩的な考え方を持っているというよりは、自分の価値観に合わないものを排斥しているだけ、なのかもしれない。

LINEはずしと嫉妬心

LINEをはじめとしたいじめについて考えている。本来、一部を除いた人間には他人が苦しむ姿を見たいという遺伝的欲求はないのだが、ある条件が整うと他人の痛みは快感に変わる。

私達は無視されたときに痛みを感じる場合がある。これは抽象的な痛みではなく、脳の痛みを感じる部位で感じているらしい。すぐに返事を返さないと「無視された」と誤認して痛みを感じる。これに報復するために、返事を返さなかった人を仲間はずれにすることがあるようだ。こうしたリアクションは「誰でも忙しくて返事ができない時があるのだ」と教育することで防ぐことができる。「相手の身になって考えなさい」というわけだ。

ところが、教育ではカバーできない痛みがある。それが嫉妬だ。ある研究によると人間は良く似た属性を持った人間が自分よりも優れていると感じた時に嫉妬を感じるそうだ。嫉妬は痛みとして捉えられる。ところが、その対象者が失敗したり、不幸な目にあったりすると快感を感じるのだ。嫉妬が強ければ、その後の快感も強くなるのだという。

また人間は不公平を感じた時にも嫌悪感を感じるのだという研究もある。嫌悪感を感じると合理的な判断が阻害され、自分が何も得る事ができなくても、相手が得をするのを防ごうという気持ちになるのだそうだ。

自分と良く似た人に嫉妬心を感じた人は、痛みを排除するためにその人を仲間はずれにしたり攻撃したりする。そして、その人が痛みを感じて不幸になると、それを見て快感を感じてしまう。その行動を合理化するために、仲間を監視して、排除に巻き込む。窮屈な人間関係はそのようにして生まれるようだ。スマホによる「監視機能」があれば、その閉鎖的な人間関係は24時間365日続くのである。

「他人と比べなければいいではないか」という反論もありそうだが、そもそも人間の脳は絶対的な幸運の量を計るようには設計されていない。他人との比較によって自分の幸運や不幸を決めている。

不公平さや嫉妬に囚われると、本来なすべきことを忘れてその怒りを解消することに意識が集中してしまう。これを防ぐには自分が感じている怒りを言語化・意識化するのが良さそうである。ところが、こうした情動は古い脳が関係しているので意識化しにくい。無理に言語化すると、合理化されてしまい、却って事の本質が分からなくなることも起こりそうだ。

本来、多くの情報に触れることができれば、状況を正しく認識してよりよい判断ができるようになるはずである。しかしながら、状況によっては痛みに囚われ、他人の不幸を探すようにも使われるのである。

女たちはなぜLINEはずしをやめられないのか

LINEいじめについて考えている。今回までの結論は非自発的に作られた閉鎖的な空間では人間関係の単純化が起こるというものだった。しかし、このモデルは選択的にグループを作る母親同士の息苦しい「カースト化」は説明ができない。

もともと、人間の社会は伝統によって体系化されていた。しかし、伝統的な社会は解体し「個人の価値観が」価値体系を決めるような社会が作られた。伝統からは解放されたものの、個人は自由への不安に苛まれるようになる。さらに、選択肢が増えると「他者の動向」を規範として採用するようになった。テレビや雑誌といったメディアによって「他者」は拡大した。選択肢は爆発的に増えたが、選択が難しくなり、不安も増大した。

女性の価値は何を持っているかで決まる。どの街に行き、何を選択するかによって価値が決まるのだ。ところが、その価値を自分で決めることはできない。他者の評価がその人の価値を決める。こうした選び取る力を「女子力」と呼んでいる。何が正解なのかは分からないが、それは確実に存在する。

さらに、ママの価値は「持っている」夫や子供の価値によって決まる。つまり、人がモノのように扱われるのだ。子供に何を着せているか、清潔に保たれているかなど、すべてが評価の対象になる。そのように考えると「どんなママと付き合うか」が評価の対象にならないはずはない。

ぞっとする話だが「ユニクロのシャツが気に入らない」というのと「あのお母さんが気に入らない」というのは同列の話なのだ。ユニクロのシャツについて悪口を言う人が「ユニクロのシャツをいじめている」という意識を持つ事はないだろう。従って、LINEで悪口をいう母親も実は「それが悪口だ」という認識を持っていないのかもしれない。

もちろん、これだけで事態が息苦しくなるはずがない。女性はいつも品定めされているが、自分で価値を決めることはできないし、正解が何なのかもよく分からない。それは価値を決める他者が不特定多数に広がっているからだ。そこでグループを限って、そこで価値基準を決めれば良い。価値基準のはその場にいる人たちや話し合いの成り行きで決まる。最終的な結果が大切なのではなく、話し合いの過程こそが重要なのだ。そこで、そこに集った人たちの選択が正当化されるように物事が決まって行くだろう。集団の状況や成り行きのことを「コンテクスト」と呼ぶ。

妻たちは夫に事細かな状況を話した挙げ句「私は悪くないわよね」と承認を求めることがある。夫はなぜながながとした話が問題と関係があるのかは分からない。女性はコンテクストを相手と共有することで共感を得たいと思っているのである。

ママ友はコンテクスト依存の高い文化なのだと言える。

コンテクスト依存の高い文化では「ユニクロのシャツが気に入らない」と公言している人の仲間が「ユニクロのシャツを着る」ことは裏切り行為だ。そのコンテクストの選択を批判することは、そこにいる人たちの人格を否定し、それまでの話し合いの過程を否定することになるからだ。だからそれは全人格をかけた戦いなのだ。

この時点で、女性たちは、不特定多数の他人からの拘束を受け、さらにママ友たちの拘束を受けている。拘束しているのは他ならぬ本人たちだ。なかには子供が仲間はずれになるからといって、息苦しい拘束から逃れられない人もいるのだという。

スマホの登場で拘束は24時間続くようになった。マルチタスク化の効果で合理的な判断力は鈍り、やりとりは感情的になる。新しい情報は、その人の脳につかの間の報酬を与える。するとやり取りは過激化することになるだろう。

問題の根幹は「選択」と「選択した個人の価値」が不可分に結びついているという点だ。なんとかしてここから抜け出す事ができれば、苦しみを減らすことができるだろう。

しかし、テレビでは無数の企業が「正しい選択」をと迫ってくるし、ランキング番組は常に新しい正解を問い掛けてくる。そこから抜け出すのはそんなに簡単なことではないのではないのかも知れない。

何が分からないのかすら分からない人たち

Twitterで政界再編と政権交代を熱望している人を見かけた。政界再編を望むはいいのだが、何も重要な法案の成立前にやらなくてもいいだろうと思って突っ込んだところ、返事が返って来た。政界は「ガラガラポン」が必要なのだそうだ。

政界再編は結局のところ邪魔者はずしだ。維新の党は大阪系が邪魔だと考えており、民主党の中には旧社会党系や帰化外国人(あるいはハーフ)が邪魔だと思っている議員がいるのではないかと思う。そこで「誰を排除すべきなのか」と聞いてみた。

返って来た答えは意外なものだった。名目経済・リフレ・マクロ経済がいけないのだという。「名目経済」という用語はないので、学生かなんかだろうと思った。「金融緩和を起してもインフレ率だけが上がるだけで、国民は豊かにならない」くらいの意味なんだろうなあと解釈した。

しばらくすると、各党の平和と経済に関する採点表が送られてきた。経済の項目で合格点のついた政党はなく、民主党と共産党だけが空欄になっていた。多分、実体経済に直接働きかける政策を持つ政党がないのがお気に召さないのだろう。

ここで気になるのは、現在の政党が実体経済に直接働きかける政策を持っていないのに、どうして政界再編するとそうした政策が出てくるのかという問題だ。尋ねてみた。

するとまた意外な答えが返って来た。小泉・竹中路線がいけないというのだ。実体経済を無視し、資本経済に走ったことを責めていた。

この人は明らかに質問に答えることを避けている。つまり、どうしたら自分の考える理想の経済状態を作ることができるのかが分からないのだ。そこで、政党さえ組み替えれば、そうした状態が出てくると思っているのだろう。合理的に考えれば、政党が組み変わっても議員は同じなので、新しいアイディアが出てくる可能性はないことが分かる。例えていうならば、大吉が入っていないおみくじを引き続けるようなものだ。

そもそも経済政策理論についての理解がないようだ。リフレ政策は名目経済成長率をあげる政策だが、小泉・竹中路線は(少なくともこの人の考えに基づけば)資本経済に働きかけている。それぞれ対義語は実質経済成長率と実体経済だ。この2つ(実質と実質)がごっちゃになっているのだろう。

政府が直接働きかけて給与や需要を決定する経済を「計画経済」という。つまり、この人が指向しているのは多分共産主義だろう。だが、自分が共産主義者という自覚はないに違いない。日本では戦時中に革新官僚のもとで実施された戦時経済がそれに近い。野口悠紀雄は「1940年体制」と呼んでいる。

問題は、この人が何が分からないか分かっていないという点だ。にも関わらず豊富に情報が流れてくる(しかも新規情報探索には中毒性がある)ので情報に溺れてしまうのだろう。

もしこの手の人たちの目の前に「速効性のあり」「誰もが分かる」経済政策が出てきたらどうなるだろうか、と考えてみた。多分、多くの人がこうした政策に飛びつくに違いない。しかし、こうした「分かりやすい」政策はおそらく詐欺だし、国民を騙してでも政権につきたい政党は独裁政権に違いない。

気になってこの人のプロフィールを見たところ、学生ではなく経験豊富な経営コンサルタントということだった。たくさん本を読んでいそうな人でも、こういう考え方をするんだなあと考えた。そして、心底恐ろしくなった。

スマホ脳 – あなたとあなたの子供に起こっていること

前回、 LINEはずしといういじめについて考えた。組織や集団の失敗という分析だった。閉鎖的な集団に非自発的に参加させられると集団内に緊張が起き、それを緩和するためにいじめが起こるというような筋書きだ。しかし、このアプローチだとスマートフォンがどのようにいじめに影響しているのかは分からない。そこで、Why the modern world is bad for your brainという記事をガーディアンで見つけた。以下は全文ではなく抜粋だ。

マルチタスクはコルチゾールとアドレナリンを増やし、脳に霧がかかったような状態を作り出す。ドーパミン中毒の状態も作られ、外部刺激を求める続けるようになる。前頭葉には新しい刺激を求め続けるクセがあり、注意力が犠牲になる。新寄刺激は脳内麻薬を増やす。何かに集中するよりも新しい刺激に興味を向ける方が楽しいのだ。続けざまにマルチタスクをやっているとコルチゾールが分泌されて不安な気分になる。攻撃的な気分になり衝動性が増す。

マルチタスクは認知力に悪い影響を与える。これをインフォマニアと指摘する学者もいる。未読のe-mailが横にあるだけでIQが10ポイント落ちるという研究がある。マリファナの成分カンナビノイドには記憶と集中力を阻害する働きがあるが、マルチタスキングの害はマリファナを吸うよりも大きいという。

テレビを見ながら勉強をすると記憶情報は長期記憶を形成する海馬には送られず線条体に入ってしまう。線条体は新しい技術や手続きを学ぶ場所だ。人間の脳はマルチタスクをこなすのは慣れていないのだ。

メールに返事を返すたびに、ほんの小さな達成感が得られる。TwitterやFacebookに新しい記事を見つけるたびに社会的につながっている感覚が得られて、またちょっとした報酬ホルモンが得られる。しかし、こうした刺激は快楽を司る大脳辺縁系を刺激しているだけで、前頭前皮質による高度な思考領域が刺激されているわけではない。Twitter、Facebook、e-maiなどによってもたらされるのは単なる神経性の中毒なのだ。

スマホを持っていると、常に仲間からの連絡を気にしなければならない。メールを読みながらニュースをチェックしたりするので、マルチタスク化が進行する。マルチタスクは脳の認知機能に悪影響を与えるだけでなく、中毒性もある。これは英国の記事なので LINEについては扱っていないが、情報交換の頻度はメールよりも多いのではないだろうか。

LINEそのものが緊張感を増すことは確かなようだが、このことだけでスマホやLINEがいじめを誘発するとは言えない。他人が苦しむ姿を見ると社会的報酬が得られるのではないかと思って調べたところ、ニューヨークタイムズのThe Brains of a bullyという記事を見つけた。この記事によると他人が苦しむのを見て楽しむ人がいることは確かだが、全員がそうというわけではないらしい。小人数を集めた調査であり、原因や割合などは分からない。LINEいじめの参加者は意外と「ちょっとしたイベント」の一つとしてターゲットの言動を楽しんでいるだけかもしれない。社会学的な考察だけでなく、科学的な解明が待たれる。

いずれにせよ、スマホを24時間持ったまま生活するのは脳には良くないらしい。スマホを使わない(つまりつながらない)時間を作り「いつでも連絡が取れるわけではないのだ」ということを学ばせるもの手かもしれない。

しかし、慢性スマホ中毒に陥っているのは子供ばかりではない。大人たちも出先や電車の中で常に「情報収集」に勤しんでいる。新しいニュースに接しているだけで、脳に報酬が得られるらしい。しかし、それはネコが獲物を追っているような状態で、じっくり考えることとは違っている。ニュースの目的は意思決定するための情報を得ることだが、ニュースハンティングが自己目的化していることになる。

より多様な意見に触れることにより、より良い判断ができるものと期待されたインターネットだが、使い方を考えないと、単なる「バカ製造装置」になってしまう。

LINEはずし- 中心のない共同体はどうなるか

LINEはずしを解決するにはいくつかの方法がある。一つは密室で起きているコミュニケーションを表沙汰にすることである。中学男女24人『集団LINEいじめ』解決に立ち向かった父の奮闘実話が参考になる。

このところ、日本人と中心について考えている。日本人はまとまるために空白の中心を作るという古典的な考え方である。これを考えているうちに、なぜLINEではずしが起きるかという問題を考えてみたくなった。LINEはずしとはLINEのグループから1人を除外するいじめのことである。ネット言論には、いかにも中心がないように見えるからである。

そもそも「いじめ」にはいろいろな要素や形態があり、完全には理論化されていないらしい。したがってLINEいじめに関する理論的な考察はない。しかしながら、ヒントになるモデルはいくつか存在するようだ。

formation「いじめ」が発生するのは、閉ざされた入れ替わりのない空間だ。空間に自由意志で入ることはできず、出る事もできない。公立学校のクラスなどがこれに当たる。そして、その空間では「みんなで仲良くする」ことが求められる。突出したボスを作ってはいけないし、派閥を作って対立することも許されない。いわば平等型の空間でいじめが起こるのだ。

非自発的な集団ではの平等型の維持は困難なようだ。集団がまとまるためには、それなりの大義名分がいる。しかし、自発的に作られたわけではない集団では大義名分を見つけることは困難だ。誰かボスがいればボスの下でまとまることができるが、誰かが突出することは許されない。また、党派に別れて競争することも考えられるが、表立った競争はよくないことだと考えられている。そこで潜在的な緊張関係が生まれる。

そこで考え出されるのは、誰かを仲間はずれにすることだ。いっけん、仲間はずしをしているように見えるのだが、見方を変えるとそれは仲間はずれのメンバーを中心に置いていることになる。空白の中心を据えているわけである。空白の中心を置く事で仲間同士を牽制しているともいえる。

インターネットの恐ろしいところは、こうした仲間はずしがボタン一つでできてしまうところだ。スマホの普及によりこうした緊張が24時間維持されるようになってしまった。いじめが発生する要件の一つは空間が閉じられていることだから、閉じた人間関係が24時間持続することになる。すると、正のフィードバックが働いて究極の事態が起こるまで止まらなくなる。また、リーダーがいないので「これくらいで止めておけ」ということもできない。究極の事態とは対象者の自殺や完全排除だったりするのだ。

LINEはずしで空白の中心を作って組織が安定すればよいのだが、さほどの安定性はないのではないかと思う。そこで常に中心を攻撃しつづけていなければならず、攻撃がエスカレートするのではないかと考えられる。

いじめる側を教育すればいじめが解決するだろうと考える人もいる。しかし、現実には主婦が仲間はずれにされた上で自殺するという事件も起こっている。つまりいくら「みんなで仲良くしろ」と教育しても、自発性のない集団ではこうしたいじめが起こるのを止められないことが分かる。そもそも教師が暗黙の関係者として関与する(関与しないことで、間接的にいじめを黙認する)という事も起きているので「教育レベル」はいじめとは関係がないだろう。

社会学者の内藤朝雄はこうした閉鎖的な空間で起こる息苦しさを中間集団全体主義と呼んでいる。内藤が提案する解決策は閉鎖的な空間 – つまり学級をなくしてしまうことだ。

しかし、現実には学級をなくす事は不可能だ。現実的な解決方法は閉ざされた空間で行われている行為を「表沙汰」にすることだそうだ。学校は閉ざされた空間の一部であることが多いので、教育委員会に訴えて「警察」や「マスコミ」に相談しますよというと抑止力がある場合があるのだという。

非自発的な空間でなぜ平等型が機能しないのかは分からない。ひとつ考えられるのは結びつきの複雑さである。5人のネットワークには10の結びつきがある。n個の点のネットワークの数はn=(n*(n-1)/2)で示される。50人のクラスでは1,225の関係を管理しなればならない。人間の脳は150人分ほどの関係性(約10,000程になる)までは管理できるものとされているが、何らかの構造を作らないと維持管理は難しいということなのかもしれない。中心を作ると関係性の数が減るのだ。関係性を緊張関係だと考えると、いじめは緊張緩和のために行われているのだということになる。ただし、いじめられる側は緊張関係をすべて一人で引き受けなければならない。その苛烈さは想像に固くない。

もともと、人間には数千人規模の人間関係を把握する能力はない。だから、学級より大きなレベルである社会では直接民主主義的な統治方法は機能しない。

アメリカ人は強力なリーダーを作る事で規模の問題を解決した。代わりにリーダーに権力が集中しないように、リーダーを任期制にしている。ところが日本人は強力なリーダーシップを嫌う傾向があるので、祭り上げたリーダーを空白化することにした。空白のリーダーを頂くことで、平等を実現するのである。吉田松陰が唱えた一君万民論は多くの支持を集め、戦前のデモクラシー導入の大義としても掲げられた。

ネットでの情報伝達を観察する

昨日無党派層に関する記事を書いた。あまり一般受けする話題ではないのだが、意外な程流入が多かった。ソーシャルメディアを通じて広がる。どのように広がるのか、またソーシャルメディアによって違いがあるのかを調べてみた。

広がった原因は分かっている。テレビに取り上げられた話題で田崎史郎さんという人名が入っているからだ。過去の投稿でも「山本太郎」とか「麻生くん」のような人名での検索が多いことが分かっている。呼び込み文で使った文面を読むと「SEALDsの若者に狼狽する田崎史郎さん」というように読める。テレビ番組名(みんなのニュース)と「奥田愛基」という名前は入っていない。

毎回のお約束としてFacebookとTwitterで呼び込みをすることに決めている。最初に流入したのはTwitterではなくYahooだった。Twitterの投稿がそのままYahooで表示されるらしい。あとで見るとほとんどがモバイルユーザーだった。年齢層は比較的若年に偏っているが、全てが若年層というわけではない。わざわざ「田崎史郎」で検索しているらしい。どうやらYahooユーザーは時間単位で情報を追っているようだ。1時間程でピークはおさまった。

最初のピークがYahooで、そのあとしばらくしてFacebookからの流入が始まった。
最初のピークがYahooで、そのあとしばらくしてFacebookからの流入が始まった。

しばらく時間を置いて今度はFacebookユーザーが流入し始めた。比較的緩やかなのだが、Yahooに比べると長時間続くので全体で75%を占めるまでになった。Facebookは少し工夫がいる。通常の呼び込みは60名程度に流れるだけなのだ。ハッシュタグ(#付きの単語)をクリックすると関連したニュースを閲覧することができる。そこで関連する記事が目にとまるのだ。今回はSEALDsにハッシュタグを付けたので、この人たちはSEALDsに興味があるのだろう。この流入は日付を越えても続いた。パソコン経由の閲覧が多いので、眠れずにパソコンで情報収集している人が多いのかもしれない。

全体のモバイル比率は55%だった。このうちの半数がiPhoneだ。また、男性が75%、女性25%だった。細かな数字は下記の通り。年齢層は意外と高い。

  • Facebook (PC) 45%
  • Facebook (Moblie) 18%
  • Twitter 5% (PCが70%)
  • Yahoo 25%
  • 18-24 6%
  • 25-34 20%
  • 35-44 31%
  • 45-54 27%
  • 55-64 16%

この流入者が、田崎さんを応援しているのか、SEALDsを応援しているのかは分からない。なお、本文はどちらかを味方する形式にはなっていないので、その後シェアされることはなかった。平均滞在時間は1分30秒ほどもある(ただし、1ページのみで退出した人がどれくらいの時間滞在したかどうかは仕組み上分からない)のが意外だった。

どちらかに乗るとバイラルで広がる可能性は広がっただろうと思われる。安保法制を巡る議論は二極化が進んでいるのだが、少しでも閲覧数を多くしたい全てのメディアが二極化に加担したくなる気持ちがよく分かった。特に人名を入れると人々の関心が高まるのだから、広まりやすい文章は自ずから誰かに味方し、誰かを悪者にして罵倒することになるだろう。

出先(まさか職場では見ていないと思うのだが)でモバイルフォンを見ながら、じっくりと考察できるとは思えない。時間単位で情報ハンティングを行っているのだから、1分程度で分かる「エレベータートーク」でなければ、アイディアは伝わらないだろうし、容易に誤解されるだろう。

TED2のコマーシャルは何を言っているのか

テレビを見ていると突然ヒワイなコマーシャルが流れてくる。聞いていて恥ずかしくなるが、誰も問題にしない。ちなみに内容を翻訳するとこんな感じらしい。最近は英語ができる子供もいるので「お母さん、これどういう意味?」と聞かれないとも限らない。

テッド;ノートPC借りてもいい?
ジョニー:いいよ、どうぞ
テッド:なんてこった!
ジョニー:どうした?
テッド:ポルノばっかりだ!
ジョニー:そのうちキレイにするつもりだったんだ。
テッド:なんて整理方法なんだ。時計回りのリムジョブ(※1)、反時計回りのリムジョブ?
ジョニー:別の方向から舌を回したいときもあるだろ。
テッド:男性器のあるカワイコちゃん(※2)?
ジョニー:オーマイゴッド! 俺は病気だ。だろ? 助けが必要なんだ。
テッド:ジョニー、男性器のあるカワイコちゃんなんていないの、これはオッパイの大きな男なの。

※1 リムジョブとは、オーラルセックスの一つの方法らしい。グーグルで画像検索するとどんなものか分かるが、気持ち悪い画像がたくさん出てくるので、やめたほうがいいと思う。
※2 チックとはひよこの事だがかわいい女性を意味する。グーグルで画像検索するとたくさんのひよこの絵が出てくる。ディックは人名だが、男性器の俗語でもある。

Ted2のCMはYouTubeにたくさんアップされている。早口なので聞き取れない部分もあったが、検索すると文字起しをしている人もいた。