日経サイエンスの別冊に、ケヴィン・ダットンの説得についての短いエッセイが掲載されていた。『瞬間説得』というタイトルで本にもなっているのだそうだ。ダットンによれば、説得には「意外性」や「共感」などの欠かせない5つの要素があるのだという。これを「ジーンズを売るため」に活用してみたい。手のこんだジーンズには価値があるのだと説得するためにはどうしたらよいのだろうか。
現在、ジーンズ産業は不況なのだという、かつてジーンズを作るためには、よい生地屋や染色屋とのネットワークを確保する必要があった。ところが、こうしたネットワークが一般に知られるようになると、価格競争が一般化した。2012年の矢野経済研究所の調査によると、2011年の全体の市場規模は急激には縮小してはいない。ところが、ジーンズ専業の会社の業績は急激に落ち込みつつあるらしい。
こんな中で面白い動きを見つけた。美大出身の俳優が「再生」をキーワードにした活動を展開している。在庫になっているジーンズ生地を見つけ出して、これに新しいデザインを加えるというものだ。最近の朝日新聞で見つけたのだが、2010年にこのプロジェクトを紹介した記事も見つかった。俳優の一時の気まぐれではなく、継続性のある取り組みだ。
朝日新聞によれば、成功したプロジェクトらしいのだが、このプロジェクトのおかげで、このジーンズブランドが復活したという話は聞かない。何が良くて、何が悪かったのかを考えてみたい。
再生をキーワードにしたのは良かった。社会に対して彼らなりの理解があり、それを実際の形にしているという点だ。これは、社会に対して同じような理解を持っている人たちに対して共感を呼ぶだろう。あの有名人が…という点にも意外性がある。意外性が重要なのは、これによって普段振り向いてくれない人が振り向いてくれるということだ。また、ラベルには馬を蘇生させるというアイコンが使われているらしい。ユーモアのような感情も重要な要素だろう。
ここに不足している要素は – あくまでもケビン・ダットンの説によればだが – ユーザーにとっての利益だろう。つまり、意外性に基づいて振り返っても、ユーザーが自分にとって利益があると感じなければ、その関係性は長続きしないのである。
確かに環境問題は重要な問題なのだが、現代の消費者たちがこうした問題に継続的な共感を寄せているとは思えない。やはり、このブランドが有名でさりげなく自慢できるとか、価格的に手頃であるとか、簡単に理解できるベネフィットが必要だ。また環境に関心を寄せるために、消費者を教育することもできる。
このプロジェクトで気になるのは、いろいろな人たちが「作り手の夢」を乗せてしまうところだ。朝日新聞は近頃の若いモノの中には気骨があって環境に関心がある人がいると思いたいのだろうし、ジーンズメーカーも起死回生の策として期待を寄せてしまうところがあるだろう。朝日新聞の場合には企業活動に対する潜在的な不信みたいなものも読み取れる。
消費者にとっての一番のベネフィットは、自分の価値観に合致するメーカーがいつまでも存続することではないかと思う。つまりなんらかの協調関係を築く事ができれば、そのブランドは存続しやすくなるはずだ。
ここから見えてくるのは、消費者と企業の間にある冷めた関係性だ。消費者は企業に絡めとられることを望んでいない。価格だけをコミュニケーションの媒介とした、その場限りの契約を好むようになった。例えば同じ価格で缶コーヒーを買うなら、話をしなければならない個人商店より、自動販売機の方が気楽だ。コンビニで店員と話をするのすらなんだか面倒だ。
また、高いだけのジーンズを買うということは、その間に中間搾取をしている人が多いということだと理解されている。で、なければこのジーンズプロジェクトで見たように不効率な在庫管理のツケを払わされているのだ。消費者はその1本のジーンズだけでなく、裏にある失敗作も買わされていることになる。
悲観的なことはいくらでも書けるのだが、「企業や経済活動そのものに対する不信」に陥っている産業程、差別化は簡単にできるのだと読み取る事もできる。プロセスを見直して価格を見直し、なおかつ対象となっている消費者への提案ときちんと向き合う体制さえ作ればよいのである。
厳しい経済環境の中「そんな簡単なことで企業再生ができるならみんなやっているよ」という声が聞こえそうだ。
と、すると次の疑問は「説得すべき相手の顔が具体的に見えているか」という点だ。このあたり、不振におちいっている業界の方はどのように考えているのだろうか。