1973年12月、愛知県の豊川信用金庫に大勢の預金者が押し掛けた。「豊川信金が危ないらしい」というニセ情報を聞きつけたからである。ウィキペディアによるとわずかの間に26億円が引き出された。この事件は日本におけるデマの研究でよく引き合いに出される。警察が捜査を行ったので詳細が知られているのだ。
事件の経緯は次の通りだ。電車の中で女子高生が「豊川信金は危ない」という話をしていた。これが口づてに広がる。この中に情報のハブになる人(美容院やクリーニング店)がおり、主婦の間で評判になった。たまたま「豊川信金からお金をおろせ」と言った人がおり「やはり危ないのか」ということになる。ここまでは豊川市とは離れた土地での出来事だった。
これがアマチュア無線愛好家に伝わり、噂が広範囲に広がる。実際に預金を引き出す人があらわれた。これを見た人たちの間で噂は「危ないらしい」から「今日潰れる」とエスカレートしてゆき、実際の取り付け騒ぎが起きた。
「口伝えの情報はデマになりやすい」と言われているが他にも理由はある。
第一に1973年にはトイレットペーパー騒動があり消費者の間に潜在的な不安があった。次に、噂は離れたところで発生し情報のハブを経由してアマチュア無線で遠隔地に広まったので、情報の多くは曖昧なものだった。曖昧だからこそ情報を埋めるように聞きかじりや空想が練り込まれた。と、同時に単純化も起きる。「〜らしい」は「〜だ」になった。
噂が広がる背景には曖昧さと単純化がある。
噂には構造がある。ハブ、遠隔地への伝播、曖昧さ、単純さ、潜在的な不安などである。