本来は日本人が議論をしたがらないしできないということを調べているので、朝鮮についての言及は最小限に止めておくべきだ。しかし、ついつい面白くで4,000文字を越えてしまった。
趣旨としては答えがないということがわかっている問題で「議論」ができるということは、議論自体には取り立てて興味がないということなのだということを書いている。
だが、調べているうちに、この朝鮮併合という事業そのものが日本人が意思決定できないというよい事例になっていることがわかった。自分自身は党派間対立には興味がなく、こうした構造を調べるのが好きなので、議論好きの日本人以外にも一人で調べ物をしている「オタク系」の人がいるのではないかと思う。ただ、そうした人たちはTwitterではあまり目立たないのかもしれない。
先日ネットで面白い議論を見かけた。それは朝鮮は植民地かという議論である。友利新というタレント医師がネットの番組で「日本は朝鮮を統治したのであって植民地化したわけではない」と主張したのをきっかけに、朝鮮は明らかに植民地だったという反発が起きている。香山リカはこう憤る。
女性医師がネット番組で「朝鮮半島が日本の植民地だったことはない」と言ったとTLに流れてきた。未確認だが本当なら仰天。私はよくリプライで「おまえみたいなバカは医者をやめるべき」と言われるが、彼らはその医師にも同じことを言うのだろうか。歴史認識云々以前に知識の欠如がかなりヤバいのでは。
— 香山リカ (@rkayama) 2018年5月19日
この話を観察するポイントは朝鮮が植民地であったかという議論そのものにはない。その議論がなぜ人々を惹きつけるのかという点にある。しかしそのためにはそもそも朝鮮は植民地出会ったかという議論そのものに答えがないのだということを納得してもらう必要がある。
文字どおりの意味での植民地は資源の収奪を通じてある地域を搾取することを意味している。資源には、土地・資源・人間がある。土地を搾取して自国民を植民させたり、資源を収奪して貿易に使ったり、地元の人たちを奴隷として使役することがあるのである。だが、その他に「保護国」という全く違ったカテゴリもある。これは帝国と帝国の境目として利用する。攻撃を受けるのはこの保護国であって、保護国を盾にすることで自国の安定を保全しようとするのだ。この二つは搾取するために別の地域として区別するのだが、その他に自分の国の一部に編入してしまうこともある。北海道などがその事例である。もともと北海道の北部は日本の領域ではなかったのだが、内地と同じ法律を適用し、北海道に移住した人を戸籍上区別することはなかった。
日本は明治維新で近代化してすぐ「帝国主義」について学ぶ。清やロシアに勝ったことで幾つかの海外利権を獲得し、朝鮮半島の実質的な宗主権もその時に獲得した。正確には清が宗主権を放棄し、朝鮮半島を独立させた上で実質的な監督権を得た。のちに総督府を通じて外交を主管することになり、保護国化が進行した。
ところが、日本人は帝国主義諸国がどのような目的で海外領土を持つのかをよくわかっていなかったようだ。
日本は北海道や樺太をロシアとの緩衝地帯と考えていた。日本の内地は松前半島までで、その向こうはアイヌ民族などが住む「蝦夷地」と認識されていた。日本は南クリル(北方領土)を含む北海道全域を領土化して日本と同じ法律を適用した。つまり、日本は北海道を日本に編入したのだ。アイヌ人はその過程で1871年に日本の戸籍に平民として編入された。しかし、行政的には旧土人という区分があり、旧土人保護法が廃止される昭和時代までこの概念が存在した。
日本人は保護という美名のもとでアイヌ民族を差別してきたのだが、アメリカ先住民に習って先住民としての権利を主張するようになると今度は一転して「アイヌ人などなかったからアイヌ利権はない」と言い出す人が現れる。このように日本人の態度は一定しないことが多い。差別できるときは差別するが、その現実は認めたくないので「保護」という。しかし権利を主張し始めると一転して「そもそもアイヌ人などいないのだから差別も利権もないのだ」などと言い出すのである。
このように曖昧な態度をとるに日本人にとって、人口が多い朝鮮はさらに厄介な問題だった。当初形式上は独立国だったが、実質的には保護国だった。しかし大韓帝国の皇帝がロシアに接近を繰り返していたこともあり、大韓帝国から外交権を奪い保護国化した。それでも安心できずに日本に併合して朝鮮半島の既得権を維持すべきだという議論が生まれ、やがて実行される。
もし、朝鮮半島事情についてよく知っている人ならばこの間に起こった国内の論争を知っているはずである。これは単に朝鮮人だけの問題ではなく日本人の意識にも幾らかの動揺を与える。この過程は小熊英二の「単一民族国家神話の起源」という本にもまとめられている。朝鮮を日本に組み込むべきだという人の他に、朝鮮半島を日本に組み込むことで日本が純血でなくなり劣化してしまうという議論もあった。伊東博文ですら意見がぶれていた。併合派に反対しなかったという<事実>が語られる一方で、いずれは独立させるべきだというメモが見つかったという指摘もある。
ここから、日本が朝鮮という大きな領域を組み込むにあたって、単一民族国家であることを捨てて帝国になるのか、それとも朝鮮を搾取の対象である植民地として内地とは切り離した上で搾取するのか、それともロシアとの緩衝国として押さえつけておくのかを決めかねていたということがわかる。北海道を併合する時に曖昧にしていた問題に直面するのである。ゆえにその<統治>は中途半端なものになった。
前回日本人は意思決定ができないと書いたのだが、状況に振り回されて意思決定を先延ばしにしたままで事態だけが進行した。北海道を併合した時にはっきりと理論化しておけば良かったのだが、日本人はそれをやらなかった。大韓帝国の中にも、ロシアに接近すべきという人たちと近代化を進めるためには一度日本と併合されても構わないという人たちがいた。併合の請願が現地の一進会からなされれたのもまた<事実>である。
朝鮮半島がなし崩し的に帝国の一部に加えられたために日本は帝国として何を統合原理にするのかということを大急ぎで考えなければならなくなった。これまでのような「日本人」という民族意識は帝国の統合原理にはなりえないからである。議論の結果「天皇をお父さんにする家族なのだ」というとってつけたような議論に修練して行き、やがて第二次世界大戦で破綻した。
朝鮮半島の法整備を急ぎ朝鮮人を「平民」化して解放し。ある程度のインフラ整備も行われた。これが<統治的>側面である。それまでの朝鮮半島には奴婢制度が残っており、現地の治安を安定させるためにも彼らを解放して識字率を向上させる必要もあった。実際に学校を整備させたのは伊東博文総督で最後には帝国大学まで作られたとされる。
朝鮮半島の人たちも日本に移住しており朴春琴という衆議院議員が民族名のままで当選し二期つとめたりしている。驚くべきことにハングルによる投票すら認められていたそうだ。日本の政治に日本語以外の言語の関与があったのである。とはいえ完全に内地化されたわけでもなく、朝鮮は内地政府とは異なる総督府が管理し朝鮮戸籍という別個の戸籍もあった。(この項一部「★誰が朝鮮人なのか (朝鮮戸籍と日本国籍との関係ノート)からの」抜粋あり)
選挙権についてであるが、戦前の内地に住む朝鮮人には日本人と同じように参政権があった。1920年の衆議院選挙では所定の納税者(租税3円以上)の朝鮮人が選挙権を行使し、1925年の普通選挙法成立後には納税とは関係なく選挙権・被選挙権が与えられることになった。また1930年1月31日の内務省法令審議会はハングルの投票を有効とし、ハングル投票が予想される選挙区の投票管理者には諺文字(ハングル)書が配布された。32年と37年の衆議院議員選挙で東京4区から当選した朴春琴など、地方議会でも立候補した朝鮮人は当選していた。
日本には朝鮮半島出身者に対する差別感情もあり「朝鮮人に恨まれているのではないか」と考える人がいた。関東大震災で治安が混乱した時に「この機に乗じて復讐されるのではないか」という恐れもあり朝鮮人やそれに誤認された人たちを殺傷する騒ぎが起きた。
朝鮮半島を解放したというのも間違っている。東洋拓殖が現地の農民から土地を奪い取り日本人に分け与えたとしている。東洋拓殖は移民事業に失敗したが地主となり朝鮮半島が日本から解放されるまで土地を所有し続けた。土地を奪われた朝鮮人は数百万人にもなったという話もある。
両班から農民を解放したという図式を作り朝鮮人による間接統治をすれば日本人がこれほど恨まれることはなかったかもしれない。むしろ解放者として扱われていた可能性もある。しかし、直接乗り込んで土地を接収して「両班にかわる新たな吸血鬼」とさえ認識されていたとなると話は全く違ってくる。イギリスの狡猾なやり方と比べるとその稚拙さや戦略のなさが際立つ。イギリスはもっとおおっぴらに搾取したが今でもコモンウェルスという共同体を持っていて定期的に会議やスポーツ大会などを開催している。
いずれにせよ、朝鮮は内地として統治されたのかそれとも植民地として搾取されたのかという議論にはそもそも答えがない。当時の日本人もよくわかっていなかったし、朝鮮半島にも様々な認識を持った人がいた。ここから自分の好きな論拠を<事実>として抜き出すと好きな議論をいくらでも展開できる。
しかし、この稚拙さを無視して独自議論を展開してみたところで全く意味がない。その後国際的な議論があり「統治」と「植民地支配」の議論自体が無効化されてしまったからである。
それまでの帝国主義は「民族自決」の原則で解放されるべき地域と植民地として「善導」されるべき地域に区分されていたが、第二次世界大戦までの間に整理しきれなくなっていた。それが行き着いた先が核戦争の可能性だった。つまり、これ以上植民地獲得合戦を繰り返していると人類全体が広島・長崎化しかねないということになったわけだ。
しかし、帝国主義諸国がはそれを率先して整理できなかったので、日本とドイツを戦争犯罪と断罪した上でなし崩し的に帝国主義を解消しようとした。イギリスがコモンウェルスを持っており未だにイギリス王室のリーダーシップを認めているのは変異の仕方がうまかったからだろう。
いずれにせよ帝国主義そのものが否定されたのだから、民族自決の原則がすべての地域に適用されることになる。すなわち「統治だったから良いこともした」という議論は、朝鮮半島の人たちが自分たちを独自の民族だと主張する限りそもそも成り立たたない。国際的には主張できないのだから、インターネットテレビでのやり取りは単なる自己満足にすぎない。
しかし、こうした<議論>に熱中する人が多いことから、日本人が仲間をまとめ上げるためにうちわでわざわざ倫理に挑戦して喜びを見い出したり、それにわざわざ反発することに熱中する人たちがいることがわかる。保守が「スカートめくりをする男子」だとしたら、リベラルは学級会でそれを問題にする「女子」である。男子はAbemaTVで大騒ぎしているのが関の山で、その議論を国際的に展開しようという意欲はない。
こうした議論に参加するとすればそれは遊戯の範疇であり実質的な意味はない。楽しみとして参加するのはよいが、もし「こうしためちゃくちゃな意見を説得しないと今に大変なことになる」と考えているのであればそれはやめたほうが良い。その悩みに全く意味はないからである。