日本人は会話をしていないし、それを気にしていない

面白い議論を読んだ。議論の元になったと思われる投稿によるとBBS世代の人が文章を書き込んでいるのに比べてSNS世代の人は頭の中の会話をそのまま書いていると分析している。この人は「SNS世代の人とは話がかみ合わない」と言っているのだが、そもそも日本人と議論が噛み合ったと思ったことはないなと思った。

この説によるとBBS世代の人は推敲をしてから文章を書くので会話が呼応するということになるのだが、推敲しても会話が呼応しない人もいるし、そもそも答えるつもりがなくコメントをよこす人もいる。思い返せばフェイストゥフェイスでも噛み合わない会話というものはいくらでもある。

例えば先日こんな経験をした。ある人が「お金があっても買えるものがなければ景気はよくならないのではないか」とTwitterに書いていた。多分Twitterというのは個人メモのような側面があり答えは期待していないと思うのだが、構わずに「サービスが交換できるので物資がなくても大丈夫」ということと「それよりも流通に障害があることが問題だ」と書いた。

少し戸惑われたのかもしれないが、しばらく時間があって「ふと思って書いただけなのでとりとめもないのだが……」として返答が戻ってきた。戻ってきた回答はこちらの問いかけには呼応していないのだが、それは特に問題がない。なぜならばそもそも会話を発起した人が特定のフレームに依拠して書いてあるわけではない上に、こちらの思考フレームは伝わらずに結果だけが転送されてしまうからである。さらに日本人は相手が特定の思考フレームを持っているということやフレーム合わせをやらないと会話が成立しないとは思わないのだと思う。

もし真面目に会話をするならばフレームを伝えた上で会話を続行すべきだが、そもそも思いつきをメモにしているだけであり、特に仕事として取り組んでいるわけではないのだから、そこまでやるのは大人気ない。ここでまた重ねてしまうと会話が延々と続くことになるので、よくわからなくても「いいね」で〆ることにしている。すると次の会話に移れるからだ。

だが、もう一回返ってきた。しかし、その答えはある種の正解に固着してゆく。今回のそれは「マーケティング先行で本当に必要なものが少ない」というような認識だった。これを真面目に考察するとすれば、以下のような反論ができる。

例えば自動車の本質は「移動する」ことであり、それ以外の全ては「マーケティング的に捏造された本質でない部分」ということになる。もし本質だけだと車は今でもフォードT型かトラバントのようなものになっていたはずだし、用事もないのに海辺に出かけて行ってわざわざバーベキューを楽しむなどというような需要もなかったことだろう。

最初の人はモノがないのに信用だけが増しても景気はよくならないだろうという疑問を呈しているのだが、製造業から抜ける過程でこのフレームワークから抜ける必要がある。それは農業主体の社会が家電を思いつかないのと同じことである。例えば家をきれいにするという仕事のためにわざわざ電力網を張り巡らせた上で掃除機を稼働させようなどとは思わないのである。

しかし、そう答えることに何か意味があるだろうか。そもそも我々の年代は「浮ついた」1990年代のマーケティングを知っているので「真面目なものづくりを通して真の需要を追求すべき」というような一種の<正解>を持っている。だから「そうですね」という共感を示して会話を〆るのが良い。そうすればお互いに気持ちよく次の話題に移ることができるだろう。そもそもTwitterは娯楽なのだから、わざわざ気分を損ねるような会話を行う必要はないのだと思う。

日本人は集団の理論と個人の理論を分ける。こうして、個人の思い込みが社会にぶつけられないまま固着することが多い。「ものづくりをしている人は真面目に仕事をしているが、商売をしている事務屋がめちゃくちゃにする」という世界観もこうやって形成されるのではないかと思う。戦中・戦後すぐに生まれた世代だと「職人は真面目だが、商売人は全て金儲けをして人を騙そうとしている」と思っている人も多い。実際にこの投稿にはいいねが2つほど付いたことからこれが社会の中で一種の正解化していることと、その正解が言語化・社会化されないままで内心を漂っていることがわかる。

このことから二つのことがわかる。そもそも日本人は思考をまとめてから発信することはないし、まとめようとすると「ある種の正解」に固着してゆく。もともと不定形なので外的な刺激によって変形する。今回も「サービス業」というワードを投げかけてしまったために影響を受けて当初の思考が変更された可能性は高い。しかし、オリジナルの思考は不定形なのだから「もともと何を考えていたのか」を正確に復元することは難しいかもしれない。

逆にまとめてから発信するということは「ある種の正解に固着してしまった後」ということになることが多い。根拠が外部にあるので、それを議論で修正したり介入することはほとんど不可能だ。個人の態度が外部と一体化しているので変われないからである。このために日本人の政治議論は極端に二極対立することが多い。いわゆる「保守」も「リベラル」も経緯によって作られた特殊なものだがそれがコピペされて広がる。しかし例えば保守の人がオリジナルの主張を理解した上で意見をコピペしているかどうかはわからない。例えば最近起きた「弁護士の懲戒請求騒ぎ」では、訴える弁護士が何をしている人なのか何がいけなかったのかを論理的に説明できた人はほとんどいなかったそうである。

アメリカ人の場合は異なった経路を通る。アメリカ人は個人の意見を持っている。根拠が外部にある可能性は高いが、賛成・反対は内的なので態度変容が可能である。そもそも最初から「興味のある話題について」「賛成か反対か」を表明するので、賛成するか反対するかは別にして対話が成立しやすい。英語のQUORAには日本人がいるが彼らは会話を成立させている。また初期の日本語のQUORAにも会話はあった。しかしこの会話は日本人の参加者が広がることで心情の吐露に変化しつつあるようである。

日本人でも英語だとこの「賛成・反対」による会話が成立するところから、これが日本語文化特有の問題であるということがわかる。英語では個人として「論拠を納得した上で」賛成か反対かを決めるのだが、日本人は「社会化させないままで固着する」か「論拠を持たないままで賛成して一体化したり反発したり」するので、いったん態度が決まってしまうと後で態度を変えることができない。

こうしたとりとめのなさと固着した正解は人によって様々な現れ方をする。例えば日本で流行した私小説は自分のとりとめもない心情をそのまま記述したものである。これが娯楽として受け入れられていた。

「社会に共感すべきだ」とされている女性が集まると「そうだよね」とか「それでね」などと言いって相手に相槌を打ちながら全く関係ない話を始めることが多いという話を聞いたことがある。話を理解していなくても「わかる」といえば満足なのだそうだ。会話が成立しているという雰囲気は残しつつ自分の意見は共感してもらいたいという気持ちが強いのだろう。相手の歌は聞いていないのに拍手をするという意味ではカラオケに似ている。会話は論理を記述しているのではなく「共感を得るための道具」に過ぎない。

一方で、政治家や先生のように地位を保障されたと感じる人は、他人の共感を気にしないで正解や心情を垂れ流すスタイルを取ることが多い。現在では麻生副総理がそれに当たる。麻生副総理が何を披瀝しようとしているのかは定かではないが、とにかく「自分は意見を発信する側で、言い聞かされる側ではない」という気持ちだけは伝わってくる。この麻生副総理を見ていると福岡の県立高校の高校の校長先生を思い出す。文集委員として校長先生が生徒に贈る言葉を取りに行ったところ、それとは全く関係がない旅行エッセーを渡されたことがある。「自分はこれを載せたい」の一点張りであり、それを悪いと考えてい様子はなかった。この類の人たちにとって「相手を理解した上で会話を進める」ことは負けなのである。

共感を求める人たちはとりとめもない思考をそのまま表現し、正解に固着した人はもはや相手のいうことを聞かない。このためギャップは広がるばかりでついには世代間に大きな溝ができている。

最後にBEAMSの若者で見たように、スマホで情報検索する人たちはそもそもメンタルモデルが立てられない。だから相手のメンタルモデルを類推してソリューションを提案するということがない。

会話が成立しているように見せるためには相手がどうプログラミングされているかということをこちらが認識した上でこなせるタスクに分解して与えてやらなければならない。しかしこれは若者がバカだからではない。ソリューションを組み立てて調整する「総合職」的機能が社会から消えてしまったためである。

ただしメンタルモデルを持たない方は「指示が明確ではない」というフラストレーションを感じているようである。この日経ビジネスの記事ではタイプとなっているが、つまり相手のメンタルモデルを構成した上で調整しようという提案だ。この裏にはそもそも中高年の側がメンタルモデルを「話せばわかる」として提示してこなかったからである。

冒頭の文章を提示した人はアスベルガーの診断を受けているそうで「自分は普通ではない」という認識を持っていると思うのだが、そもそも日本人は会話を通じて情報交換をしたいなどとは思っていないのでそれほど心配する必要はないのではないかと思える。「会話が成立しないで好きなことをいい合う」のが日本人の定常状態なのである。

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