政治議論について考えている。コメント欄の文章を読んでいて面白かったことがある。自分の立場を開示した上で、お前はどう思うのか白黒はっきりさせなければいけないと書いてきた。その上で「ボールは今お前が持っている」という。
「キャッチボールをしているつもりはないのだが……」と思った。そもそもボールを投げつけることをキャッチボールだと思う人はいないだろう。
スマホやPCの前で意見が固まってしまう人はおそらくたくさんいるだろう。その中で自分が違和感を持った時点で議論が始まり「自分はボールを投げたのだからそのボールを取って返さなければならない」と考える人がいるのである。そうすることで画面の向こう側の世界を動かせると考えてしまうのだろう。
誰かが勝手にボールを投げてきたからといってそれを受け取る義務は生じないという単純なことが理解されない。そもそも議論はお互いに着地点を見つける意志がないと成立しない。
ただ一旦この視点をえると、背景が理解できる投稿がいくつかあって面白かった。例えば枝野代表の餃子ショック(東京都知事選の当日に宇都宮と投稿して叩かれた)の話を書いたのだが「これだけを取り上げるとは世論誘導を画策しているのではないか、お前の立場をはっきりさせろ」というコメントが入った。
「お前の立場をはっきりさせろ」と置くとその人と議論ができる。だからその人を論破して黙らせてしまえば「自分が勝ち」ということになり満足が出来るのだ。
前回はここまでがわかったので「森林の思考・砂漠の思考」という論考を思い出したというところまでを書いた。日本人は森林の中にいて「森の中にいる人のうち誰が敵で誰が味方なのか」ということを気にして生きている。おそらくこれは姿勢の政治談議だけでなく政局報道や次世代のリーダー選びもこうした狭い視野に吸い寄せられてゆく。だから日本人は大局観が持てないのだろうと結論付けた。その場その場の勝負にこだわるあまり高台に建って情報を分析しようという気持ちにはなれない。だから日本人は大局観が持てない。
ここまでならモノローグで終わってしまうところなのだが、SNSは面白い。コメント欄でTDA (triggered displaced aggression)というコンセプトを教えてもらった。検索するところ「八つ当たり」という表現が出てきた。TDAの怒りは先鋭化しやすいという研究結果もあるのだそうだ。
つまり人は感情的な満足を得るために議論構造を勝手に作り変えようとするのだ。日常の議論では考えられないようなことが非対面の世界では起こる。おそらくネットだけではなくコールセンターでも起きているのではないだろうか。自分にも心当たりはある。
人が「所属集団で認めらたい」のは当然だ。承認欲求が満たされなかったりそもそも所属集団すら見つけられなければ怒りが生まれるだろう。合理的に問題が解決できない場合は怒りの対象が変わる。おそらく八つ当たりの対象はなんでもいいのだろう。
例えばニュースを見て憤ったとしてもニュースのさきにある誰かとは議論ができない。例えば安倍政権に憤っても安倍政権と議論はできない。だから安倍政権を応援する人たちを見つけて議論を吹きかけることになる。もちろん主語を安倍政権から立憲民主党に変えてもいいし中国でも在日韓国人でも構わない。こうした喧嘩はTwitter社の広告を売る「飯の種」になっている。
八つ当たりしてももともとの問題が解決するわけではない。そこで怒りは先鋭化してしまうということになる。おそらくネットの政治議論の根元にはこの怒りがありそれが言語化されないままでなんらかの対象に向かって表出する。これがヘイトの正体である。実はなんでもいいのだ。
こうした八つ当たりが「俺は喧嘩をしたいのになぜお前は喧嘩を買わないんだ」という怒りに変わる。剥き出しの敵意は恐ろしい。何をされるのかがわからないからである。さらに「周りの人たちも黙認を通じていじめに加担してくるのではないか」という気持ちを持った。誰かが叩かれるのを見ているのがたのしいという人もいるからである。
これを防ぐためには普段から緩やかなつながりをいくつか作っておくのが良いのだろう。また個人的には不本意なのだが「不快に思った時には不快だといったほうがいい」ようだ。我慢しているように見られると叩かれる。残念ながら日本人は弱いものを叩きたいという習性があるのだ。
多くの政治議論ではこうした引きずり込みが起こる。だからおそらく誰も政治議論などしなくなるのだろうと思う。だが、日本で政策ベースの政治が行われず従って問題が何も解決しない背景を考察するといつもこの「個人に考えがなく」「公の場で政治について話さない」という点に行き着く。これを変えるためにはまず一人ひとりが政治議論に慣れる必要がある。
議論に引きずり込まれずに情報を収集しさらには意見交換を通じて精緻化するためには練習が必要だ。実践はかなり難しいが日本人はこのスキルをもっと磨く必要がある。