戦後に生まれた肉じゃがはどのようにして伝統の国民食に昇格したのか

肉じゃがはおふくろの味という思い込みがある。だが、実際にいつ頃から登場したのかはよくわからないのだそうだ。これを真面目に追求した本を図書館で見つけた。国民食の履歴書という本だ。日本の伝統がテレビによって捏造された様子がわかる。我々を洗脳したのはテレビである。高度経済成長期はテレビが我々に偽の伝統を植えつけた時期だったのだ。




この本は明治対象時代からの料理本を手当たり次第に探して国民食のルーツを調べている。カレー、ソース、マヨネーズ、餃子、肉じゃがが扱われている。

「肉じゃが」のような料理がNHKの今日の料理に最初に見つかるのは昭和39年なのだそうだ。高度経済成長期である。「新じゃがのつるつる煮」という名前だったという。

主婦の友社が雑誌の付録として「肉じゃが」という名前の料理を紹介するのは1975年なのだそうだ。同時代に薄切り肉とじゃが芋の南蛮煮という名前もあることから料理名としては定着していなかったことになる。

この頃各社から化学調味料にかつおダシを加えた商品が発売されている。ほんだしもその一つである。1970年の発売で1973年から池内淳子さんを主演にした「ほんだし女房」というコマーシャルを放送し始めた。

肉じゃがの原型になりそうな料理はたくさんあった。よくビーフシチューが肉じゃがの原型になったという説がある。軍隊風にジャパナイズされたシチューは肉じゃがのご先祖様の一つである。だが本当の祖先は、芋の煮ころがしにちょっとくず肉を加えたおかずの一品だろう。もちろん名前などないありふれた家庭料理である。

日本はまず西洋料理を取り入れる。この本でいうとカレー、ソース、マヨネーズなどがその例である。大陸に進出すると餃子のような中華料理も加わった。明治時代から昭和初期までの日本人が極めて新しいもの好きであったことがわかる。

だがその裏では名もなき家庭料理が食べられていた。米が満足に食えず芋で代用していた人たちもいただろう。こうした名もなき家庭料理が雑誌などで紹介されることはなかったはずだ。

では、肉じゃがはどういう具合にテレビで紹介されるようなメジャーな料理になったのか。

高度経済成長期に都会に出て来た人は家庭からも地域からも切り離された。その隙間を埋めたのがテレビである。これまで顧みられることがなかった家庭料理の記憶を遡ってできたのが肉じゃがなのである。望郷歌が演歌となり日本の伝統という衣装をまとったのに似てる。演歌が作られたのも1970年代である。

高度経済成長期に外食文化が登場すると「たまには家庭の味が食べたい」ということになる。だがこの頃には核家族化が始まっていて、親や姑から料理の手ほどきをしてもらうということはなくなっていた。そこに「家庭料理を作って差し上げると外で働いている旦那様が喜びますよ」というメッセージが登場し、肉じゃがという名前で一般化したようだ。つまり、肉じゃがは人々の記憶を遡る形ででっち上げられた伝統なのである。

この肉じゃがの定着方法は以前見たおせち料理の定着と同じである。もともとおせち料理の元祖はデパートの折詰行楽弁当だった。テレビで「正月のあるべき料理だ」と解説されることで「元からそういう伝統があった」とすっかり信じ込まれるようになった。

おもしろいことに一旦こうした正解ができると「家庭料理=肉じゃが」という偽の伝統が作られる。すると、理想のお嫁さん像として「結婚するなら肉じゃがくらい作れる女性がいい」という正解が作られてゆくのだ。筆者は肉じゃがが定着したのは1970年代後半から1980年代だとみているそうである。

本には書かれていないのだが、伝統の捏造に加担したのはコマーシャルではないかと思う。調べたところ池内淳子さん「ほんだし女房」がYouTubeで見つかった。おそらく日本人の理想の母親像はこの辺りから捏造されているのではないかと思うのだが、この時の池内淳子さんは実は母親役にはなっていない。コマーシャルに子供が出てこないようなのだ。それどころか「おんな」を感じさせる演出まである。

時代劇でも活躍した池内さんが顆粒調味料を使っているという今から考えるとシュールなCMだ。だが、これを見ているうちになんとなく日本人は昔から顆粒調味料を使っていたと感じた人もいたのではないかと思う。

こうして伝統の母親像・妻像が刷り込まれてゆく。意外と我々の感じる伝統はテレビコマーシャルによって作られた偽物の記憶かもしれない。味の素は500円分の切手で料理本を配っていたそうである。こうやってそれぞれの家庭の味だった和食が徐々に定式化してゆくのだ。

この偽の記憶は2010年にはすっかり本物の記憶に昇格している。ここでも肉じゃがが紹介されていて、ちゃんと子供も出てくる。

この偽物の伝統を信じている人たちは1970年代に30才くらいだったひとたちである。今の70代から80代にあたる。彼らが今「これが日本の伝統ですよ」と信じているものは意外とマスコミや企業によって高度経済成長期に作られたものなのかもしれない。

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