バルミューダが5Gのスマホを発売した。最近、経済を評論するときに「日本の産業競争力がなくなったのは創業者が減り独裁思考でモノを作らなくなったからである」という論が聞かれたので「独裁的で独りよがりなバルミューダはさぞかし歓迎されるんだろうな」と思ったのだがそうはならなかった。色々な人から叩かれている。
背景を調べて叩かれているのは虚栄心だなと感じた。
叩かれている表向きの理由は「バルミューダのスマホは高すぎる割りにハードウェアの性能が中庸である」というものである。これは一見合理的に聞こえる。だがその裏にどうも感情的なシコリがあるようだ。
スマホ業界にはiPhoneを除いたスマホは格安スマホかハイエンド機でなければならないという暗黙の常識があるようだ。バルミューダのスマホが叩かれているのはこの常識を無視してデザインとエクスペリエンスで乗り切ろうとしたからだと考えられる。
Quoraの回答からどんな背景があるのかを調べて見た。
表向きの理由はやはりスマホの常識を無視していることだ。OSからオリジナルで作るかハードウェアのギミックをつけるべきだったという意見もある。つまり独創性が不十分だといっている。次にバルミューダの家電と連携すべきだったという意見も見られた。
どれも納得できる回答だ。だが、それが満たされたとしても彼らはバルミューダフォンを買わないだろうなと思った。類似商品は既に出ているからである。
それよりも全体を通底して感じられる反発が気になった。「社長の独りよがり」だというのである。その苛立ちがバルミューダの他の製品にも及んでいる。おそらくはバルミューダを外から見ている人たちの声が集まっているのだろう。
この件で興味深いなと思ったのは冒頭で書いた通り
- 一般論としては突出した経営者が自分のわがままで商品を作ってくれないかなと望んでいる
- だが実際にわがままな商品が出ると独りよがりだという声が出る。
という点である。
ネットで記事を探すとまず最初に出てくるのは株のインサイダー取引疑惑のはなしである。次に寺尾社長の振る舞いが「スティーブ・ジョブズごっこだった」と書いている記事もあった。こちらもあまり評判がよろしくないようである。全体的に嫉妬と敵意が現れている。
ただ「叩かれている理由」だけを見ていてもラチがあかない。
- 高齢者:高齢者は新しいテクノロジーやサービスに慣れておらず手間がかかる。しかし「メーカーは親切で当たり前でアフターフォローは無料だ」とも思っているので著しく手間がかかる。
- 中堅層:XXはこうあるべきだという既成概念に囚われていて意外と保守的である。自分たちの認識に合わないものは叩く。
- 若年層:既成概念に支配されているわけではないがお金がなくハイエンドなものは買えない。また間違いを恐れるので友達が持っていないものは持ちたがらない。だからバルミューダは最初から選択肢に入らない。デッドエンドである。
この壁を乗り越えるのは容易ではない。おそらくここに答えはない。
加えて企業の継続的なコミットメントを心配する声があった。バルミューダはいつまでこのオリジナルアプリケーションを開発し続けるのかと言っている人たちがいる。確かにこの懸念はもっともだし新規参入の会社はここで苦労する。
このコミットメント戦略で唯一成功しているのはRakuten Mobileであろう。Rakuten Mobileはまず端末は無料で配った。さらに実店舗販売もやっていて「高齢者に優しい」などとやっている。それでも初期は「つながらない」などというクレームは出ていた。そして続かないのではないかという懸念はRakuten Mobileにもあった。Rakuten Mobileはこの懸念を払拭するために継続的に派手なコマーシャルを放送し続けている。
バルミューダの5Gスマホが社長の思いつきなのか社運をかけた長期的なビジョンなのかはわからない。
とにかく、ネガティブな要因だけを探っていてもラチがあかない。そこでバルミューダのトースターはなぜ売れたのだろうかと視点を変えてみた。
2016年の記事が見つかった。どうやら機能は簡単だが「使ったら家族や友達に褒められるのではないか」という期待感が高かったようだ。つまり口コミで比較的高齢な人たちに売れたことになる。一旦「バルミューダのトースターは別格」という評判が得られると、レビューサイトでも採点が甘めになることがわかる。
注意深くレビューサイトを見ると「既存のレンジは高機能すぎてついてゆけていない人が多かったんだろうな」ということもわかる。こうした声はkakaku.comのレビューにも出ている。高機能でも使いこなせないという人が多いのだ。友達には自慢したい。だがそのために厄介な研究をするつもりにはならないという人が多いようだ。
さらにバルミューダのトースターをQuoraで調べたところこんな声があった。奥さんがバルミューダのトースターを買ってパンを焼き始めたという話である。
- 難しいことはわからないが
- 自分のテリトリー(台所)で特別感を出し
- 家族や友達に自慢したい人
にヒットしたのだということがわかる。
同じような声はkakaku.comにもあった。夫が「私にはよくわからないが奥さんが満足している」というエピソードである。男性には全く理解されないのは男性にとってパンを焼くというのは単に食事の準備だからだろう。だが奥さんにとっては「作品作り」になっている。
ただ「作品作り」では広がらないだろうなと思った。
口コミの最初は一人の奥さんの自慢話だったのかもしれないなどと想像した。私はパンにとても強いこだわりを持っていて高いトースターを買った。すると毎日の暮らしがとても豊かになったというような話だ。
おそらくこの話を聞いた友達が「羨ましそうな顔」をすればこの人の虚栄心は満足させられる。さらに悔しくなった友達も同じ商品を買いこだわりのパンを焼き特別なトースターで食べるわけである。おそらく家族の満足もパンの出来も関係ない。「友達の羨ましそうな顔」が商品の価値だったのではないだろうか。
おそらくレビューサイトに出てくる夫はその現場は知らないので「なぜか妻は満足げだが妻が喜んでくれるなら25,000円くらい安いものだ」と感じているのではないだろうかなどと思った。妻は夫の満足な顔が見たいわけではない。それを友達に自慢したいのだ。
バルミューダの社長はもともとミュージシャンになりたかったようだがトースターで成功した。では次はハイテクだということになったとしたら、それは上昇志向のある虚栄心だ。実際に経済的な価値を生むのだから、虚栄心の使い方としては申し分ない。この「上昇志向のある虚栄心」がトースターでは成功した。それは上昇志向を持った主婦の虚栄心と呼応したからである。
だが、同じことを男性にやってはいけない。男性はこの虚栄心を否定しにかかる。ある人は自己を投影しているのかもしれないし別の人はそれにライバル心や嫉妬心を向けるだろう。
おそらく「何が人々の虚栄心を満足させるか」をマーケティング調査から導き出すことはできない。人々はそれを容易に隠してしまうからだ。